凄く、不器用な愛し方だね。
 その愛はまだ私には向けられないけれど、きっといつか向けてくれる。
    不器用ながらも大切に愛してくれると疑いもなく信じていたいんだ。



彼と初めて会ったのは中学2年生の時だった。他県から転校してきた私の隣の席のクラスメイトの彼の名は霧在美弦。

少なからず整った容姿に一目惚れしたのを色濃く覚えている。勿論、容姿だけではなく彼の中身も知った今では大好きである。

彼は世間に名を轟かす少年だった。天才的なピアノの才能を持ち、数々のコンクールで優勝し将来世界的なピアニストとしての活躍を期待されている人物だったのだ。

それを知った時には少なからず驚いたし、諦めようとしたけれど結局私は前向きな性格なため、アプローチをすることに決めた。


「霧在くん。一緒に帰りませんか?」

「無理」

「じゃあ明日一緒に……」

「断固無理」


このように見事玉砕していたのだが、私は彼をひたむきに想って過ごしていた。

一目惚れしてからというもの彼にアプローチの数々をかけてみて薄々だが気づいたことがある。

きっと霧在くんは想っている人がいる。私ではない人。水崎彩華さんだ。

彼女は彼と同じく音楽の才能に恵まれていて、特に歌に関して秀でている。中学で知り合ってからというもの2人は共にいることが多いと聞く。

一度だけこっそりと放課後音楽室を覗いてみたことがある。彼が水崎さんのために月光を弾いていた。

月光はベートーヴェンが恋人であるジュリエッタに捧げた曲。

私は想い人が将来のピアニストであるためクラッシックの勉強をしている。当然月光のことも知っているが……彼女はこの月光に含まれた想いに気づいているのか。

昔から人の心の動きに機敏な私は月光を聞いて全て知ってしまったのだ。霧亜くんは水崎さんが好きなのだと。   

あぁ、不器用な愛し方だな、と失恋の痛みの中、漠然と私はそう思ったのだ。



2人の関係が変わったのは高校2年生の夏頃のことだったと思う。表面からみたら判らないが、ずっと2人を見てきた私には分かった。2人の中で何かが壊れたのだ。

お母さんを失った痛みでピアノを遠ざけていた彼を水崎さんは必死で向かい合わせようとしていた。そんないつも変わらず共にいる2人だったけれど、薄い壁のようなものができているように感じた。

私は相変わらず彼の心の機微を感じ取りながらアプローチを続けていた。だんだんとピアノに向き合っていく彼を密かに応援していた。


「なぁ、佐伯。何でお前はそんなに俺の為に尽くしてくれる?俺はお前の想いに応えないことを知ってるはずなのに」

「あぁやっぱり気づいてましたか。私は貴方が私を想ってくれなくても、どうしようもなく好きだから貴方に尽くすんです。例え、霧在くんが水崎さんのことを好きだとしても」


彼は小さく息を飲んだ。

そして、困ったように笑うのだ。お見通しだな、なんて。


「お前には敵わないよ」

「敵わなくて結構です。そっちの方が私が有利にたてますから。ねぇ霧在くん。そんな尽くしてくれる私のために一度でもいいから名前で呼んでくれませんか?」

「それは無理なお願いだな」

「ならいいです分かりました。いつか絶対呼んでもらうことにします。ということで私も名前で呼ばせてもらいます。ね、美弦くん」

「……もう勝手にすればいいよ」


初めて呼んだ彼の名。呆れの混じった返答には肯定の意も含まれている。

私は恋が1歩前進した喜びを思わず表情に出してしまったのだった。



あの懐かしい学生時代から数年経った。今私は複雑な心境でこの場にいる。

私は彼と同じように音楽の世界へ飛び出したかったけれど、そんな才能は生憎持ち合わせていなかったもので、結局保育士となった。

彼はといえば当然ピアニストになった。今は世界に名を轟かせている。


「おめでとうございます。彩華さん、太陽さん」


今この場は新郎新婦を祝う披露宴だ。彼も私の隣で幸せそうな新郎新婦の様子を見ていた。

彩華さんは大学の時に知り合った太陽さんと付き合い始め、こうして結婚に至った。あれからもう、彼と彩華さんの関係が変わることはなかったのだ。

彼は2人に、いや彩華さんに月光を贈った。月光の調べにのせた彼の想い。彩華さんは気づいているのか。

けれどその想いはあの頃のように純粋なものではなく、深い悲しみと愛情だった。

その音色を聞いて私は涙とともに想う。あの頃のように、不器用な愛し方だと。



披露宴を途中で抜け出した彼の後を追って、建物を出る。少し歩くと公園があり、ベンチに頭を垂れて彼はいた。


「……美弦くん。凄く、不器用な愛し方ですね」

「うるせぇよ」


返ってきたのは震えた声。今にも泣きそうなほど弱々しかった。

月の光が私達を照らす。私はそっと彼を抱きしめた。

少し身動ぎはしたが、それ以上の抵抗を彼は示さなかった。


「美弦くん、私貴方が好きです。どうしようもなく、好きなんです」

「知ってる。でも俺は……」

「彩華さんが好き。そうでしょう?月光聞いてて思いました。私、以前言いましたよね?例え彩華さんを想っててもいいって」

「……」

「彩華さんのことが好きでもいいの。お願いです、私を見てください、好きなんです、愛してるんです美弦く…っ」


その瞬間私は強く抱きしめ返された。それは縋るようでもあったけれど。

彼が、私の肩に顔をうずめた。さらさらとした髪が首筋にあたる。


「俺、未練たらたらのどうしようもない奴だよ……?」

「はい。そんなことよく知ってます…っ」

「俺、彩華以上にお前のこと想えないかもしれないよ……っ?」

「いいんですっ、私がいつか絶対美弦くんが私を1番って想ってくれるようにしますから…っ」

「そんな、俺でもいいのなら……っ」


彼は埋めていた顔を上げて真っ直ぐに私を見つめた。

月光に照らされる彼はとても綺麗だ。私は緊張と期待に胸を高鳴らせながらも同じようにまっすぐ彼を見つめた。


「……叶琶」

「っ」

「俺はお前を愛する努力をするよ。いつかきっとお前を1番だって想えるようにしてみせる」


彼はゆっくりと体を離すと静かに唇を重ねてきた。私はそれに目を閉じて答えながらも幸せを噛み締めていた。

彼がやっと振り向いてくれた。見てくれた。

涙が頬を伝った。

唇を離すと、彼は優しく笑みを浮かべて涙を拭ってくれた。泣くなよと。


「やっと、名前で呼んでくれましたね」

「やっぱりお前には敵わないよ」

「敵わなくて構いません。そっちの方が私が有利にたてますから」



「美弦くん、卵焼きかスクランブルエッグ、どちらがいいですか?」

「スクランブルエッグかな。ケチャップ付きで頼むよ」

「心得てます!」


腕まくりしてみせると彼は呆れたように笑った。テーブルにつきコーヒーを啜る彼の姿は実に優雅で綺麗だ。

私は今、幸せな生活を送っている。数ヶ月前に彼と籍を入れた。私の想いは長年の時を経て実を結んだのだ。

彩華さんと私、どちらを想っているかなんて無粋なことは聞かない。私は彼を信じている。

それに私が1番でなくとも彼のことを好きなのには変わりはないし、いつか1番にさせてやると決めているのだ。へこたれてることなんかない。


「幸せだな」


ぽつりとつぶやいた彼の言葉に胸が温かくなった。


「好きです、美弦くん」

「俺も好きだよ。……叶琶」


いつか向けられたいと願っていた。彼の不器用な愛情を。

凄く不器用な愛し方は今でも変わってないけれど、想いは伝わってくるのだ。

私は彼が弾くピアノが大好きだ。

だってそれが、彼が私に向ける愛情伝達方法でもあるのだから。 【end】

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