[ い ま ど う し て る ? ]
「俺、アイドルになって絶対、絶対、ぜえーったい、桑井(くわい)さんに恩返しします!」
今日も、バイト先の植松(うえまつ)くんは元気です。
「あははは、昨日は『保育士になって』って言ってたのに。なんなん、植松はどんだけ職に就くん?」
(本当ですよね。植松くん結局何になりたいんだ。ていうかなんの恩返しするんだ)
1個上の高校3年生の坂田(さかた)さんは、うんくさく笑いながら細身の眼鏡のフレームの縁を上げた。
その言葉にあからさまにムッとした顔になって、植松くんは「もう、坂田さんうるさいですよ!いいんです!俺は桑井さんに恩返しできれば!」なんて怒鳴り散らしながらオーダーを取りに向かった。
恥ずかしいったらありゃしない。いななんかもう、この時間帯のお客さんみんな常連さんだから苦笑いで流してくれるけど、・・・なんかもう、ごめんなさい。
・・・――――――――――――――
「いや、あのですね・・・」
「好きなんでしょ?」
「あ、の、・・・その、はい」
「ならズバって言う!俺、正直な植松の方が好きだなー」
「でも、・・・なんか、その・・・言ったって絶対嬉しい顔はしてくれないじゃないですか」
「まあ、ね」
何なんだ、気持ち悪い。
え、坂田さんと植松くんそういう関係なの?え?そうなの?植松くんふられたの?
大歓迎なんだけど。ものすごく大歓迎なんだけど。あ、いや、そういうつもりじゃないけど。大歓迎だけど。
スタッフルームのドアの端っこの方から顔だけを覗かせていたら、植松くんと目があった。あ、やっべ。
非常にまずい。なんかもう、まずい。植松くんの顔が心なしか泣きそうだ。なんでだ。意味がわからん、なんで泣きそうなんだ。
「く、桑井さ・・・ん・・・・あの・・」
タンタンなんて気持ちいい靴音を鳴らしながら、こっちに向かって歩いて来る。
「え?いや、あの、うん。見てないよ。見てなかったよ。何話してたか知らないよ」
「く、わいさん・・・。あの、その、・・え、と、なんというか・・・・・・すいませんっしたああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「うん、正直な方がいいぞ!それでこそ、植松だ!うん!」
は?
「・・・なんですか」
「その、あの、・・・この、前、桑井さんに貸してもらった『おいでよ。勇者と愉快な仲間たち』があんまり面白くなくって・・・」
「それを俺に『桑井さんに感想求められたらどうしよう!』とか言うからさ、『正直に面白くなかったって言え』って言ったんだけどさ、聞かなくてさー」
「だって、そんなこと言ったら桑井さん怒るじゃないですか!嬉しい顔にならないじゃないですか!面白くなかったけど!面白くなかったけれども!!!!」
「でも、面白くないで有名なゲームよく借りたな植松。馬鹿なのか、俺なら速攻断るけどなー」
「面白くないの知ってたんですけど、桑井さんが珍しく俺に『これ面白いんだよ!』って言うから!思わず借りちゃったんですよ!!!でもやっぱり面白くなかったから、もう『面白かったです』って嘘言おうと思ってたんですけど、桑井さんに嘘吐きたくなくて・・・」
よく喋る口だこと!!!!!!!
なんなん、面白くないで有名なゲームって。むかつく、むかつく!!植松くんも坂田さんもHPなくなってしんでしまえ。
・・・――――――――――――――
駅まで10分が今日はやけに長く感じる。
[ い ま ど う し て る ? ]
画面に映し出された文字に何をつぶやこうか迷った。
ここは「おこなう」だろうか「むかついた」だろうか。どうでもいいけど。
とりあえず、「バイトおわった」でいいか、なんて。結局適当。
「つまんないですね」
わたしの携帯をひょこっと隣から覗き込みなら、植松くんは呆れ面で言った。なんなんだ。
「うるさい」
「画面の中じゃなくても、短文なんですね」
ああ、むかつく。なんなんだ。もう本当嫌い。なんで画面の中の友達は優しいのに画面の外の人は優しくないの。なんで。
「植松くんTwitterしてるの?」
これはセーフ。大丈夫。大丈夫。大丈夫だから。
「今時の高校生はみんなしてると思いますけど・・・」
ほら、大丈夫だったでしょ。よかったね、わたし。大丈夫。大丈夫。
「1個下のくせに生意気な」
「1個だけじゃないですか。そんな変わらないですよ」
「ほう。というか、わたしのアカウント見えた?わかった?」
「見えてませんよ。うん、見てない見てない。わからなかったですよ、うん」
嘘くさいな、おい。絶対わかっただろ。やばいな、ばれた。名前とサムネ変えよう。植松くんにばれたらもう本当、幸せな日常が崩れる。本当変えよう。
「空、好きなんですね」
植松くんは手でシャッターをつくるようにして空を写した。
口で「ぱしゃり」なんて。安っぽい音だなあ、なんて。でも指綺麗だなあ、なんて。
「・・なんで」
「だってさっき見えたTwitterのサムネもヘッダーの画像も全部空の写真でしたもん」
もう暗くなった空を見上げながら、わたしの方なんかこれっぽっちも見ないで言い放つと、溜息を付きながらおもむろにポケットから飴を取り出して口に放り込んだ。
わたしは植松くんと2人きりの駅までの10分が嫌い。
「そっか」
「俺、空の写真嫌いだなー」
植松くんが舐めている飴は、きっと、わたしの嫌いなイチゴ味だろう。
ああ、また噛み合わない。
・・・――――――――――――――
植松くんと別れたあと、Twitterを開けばまた「さか」さんからリプライが来ていた。嬉しい。
[お疲れ様でした]
なんて、紳士!!いけめん!!男かわかんないけど!!女の人っぽいけど!!!
[おつありです]
[いえいえー。そういえばファミレスのバイトでしたっけ?]
[はい。ファミレスです。さかさんは何かされてますか?]
[あ、わたしもファミレスで働いてるんですよ〜]
な、なんと!!!しかも女の人!!これはこれは!!!
とりあえずどうしよう!!大変ですよねとか言えばいいのか!?わからん。
とりあえず、大変ですよねでいいか!!うん!!
[そうなんですか!わー!接待とかの方ですか?ファミレス大変ですよね]
[え、とだいたいはオーダーとか会計とかの接待に回ってるんですがたまに厨房とかに回ります!大変ですよね〜。でも素敵な仕事ですよね]
あれ。なんだろう。
[そうなんですか〜。そういえば眼鏡かけてますか?]
[え?か、かけてますよ?どうかしました?]
[あ、いえいえ。なんでもないです!え、と髪の毛は黒ですか?]
[そうですけどwwwwどうしたんですかwwww急にwwwwwww]
あれ。あれあれ。
なんか、ものすっごく似てるんだが!眼鏡かけてて黒髪でファミレスで仕事してて、名前にさかってつく人。あれ。
あれ、でもそしたらネカマ・・・・・・あれ。違うよね。え、違うよね。だってサムネピンクのハートがでかでかと真ん中にあるやつだし、違う。違う。
・・・――――――――――――――
3−1の教室の片隅でおそらく購買で買ったであろう、メロンパンを食べていた。机の上には空になったメロンパンの袋が2つ。
なにこの人、どんだけメロンパン好きなの。なんなんだ。
「さ、坂田さん・・・あの」
「うん?なにー?メロンパンはやらないぞー」
「別にいいです。そんなことはどうでもいいんです」
「ほう。なんだなんだ。悩み事か!なんでも聞いてやるぞ!どーんとこい!どーんと!!」
背筋を伸ばして両手を開いて「どーんどーん」言ってる様は間抜けだった。なんか悲しくなった。
なにこいつ馬鹿なの。馬鹿だろ。先輩だからって知らないわ。馬鹿なのか。馬鹿なんだろ。
「あの・・・あのですね」
「うん。ちょっと待って、メロンパン食べるから」
どこまでも、自分のペースを崩さないなこの野郎!!ド畜生!!!
「知りません。話し続けます。率直に伺いますか、先輩はネカマですか?」
「は?」
「いやいやいや。こっちがは?ですよね。とぼけんなや」
「ちょちょちょ、なになになに!意味わからん!!ネカマ!?俺が!?ありえないだろ!!」
「ありえます!!坂田さんなならずっごくありえます!!!なんか、こうネカマっぽいじゃないですか!!!」
「はああああ?おま、ね、先輩に向かってネカマっぽいってなんだ!!!ていうか先輩って言え!!さん付いや!!!」
「なんだ、駄々っ子みたいだな!!!なんだ、あれか!!ネカマだと女の人に近づきやすいのか!!!だからか!!!そうなんだな!!!」
「誰が腐女子なんかに近づこうとするかあああああ!!!!!!こっちからお断りだわ!!!だいたい俺ネカマじゃねーし!!!!ちげーし!!!!」
「・・・・・おい」
なんで、坂田さんわたしが腐女子ってこと知ってるの。なんで。なんで。
「あ・・・・」
「うん。なんでわたしが腐女子だと思うのですか?」
「あ、えっと、その・・・あの・・・うーん、なんでだろうなーははは」
あきらかにキョドるなよ。わかりやすいな。ネカマのくせして。
「坂田さん」
「な、なに・・・!というかお前勝手に3年生の教室入っていいのか!」
「坂田さん。話そらさないでください」
それは、わたしも思ったけど。
「怖い!なんなのお前!もう自分の教室に戻りなさい!はい!行ったー行ったー!」
肩に手を置かれ教室の後ろのドアまで押される。というかこの教室の人達にわたしが腐女子だってことバレた気がする。やばい。
これは非常にまずい。
・・・――――――――――――――
「桑井さんが腐女子だなんて俺知りませんでした」
その日のバイトが終わったあと、植松くんは思い出したようにつげた。
「違う。わたしは腐女子じゃない。くっそ、あのネカマ!!誰から聞いたその話!!!!」
「誰でもいいじゃないですか。というか、その紙袋どうしたんですか?」
植松くんはわたしの持っていた赤チェックの紙袋に釘付けだ。どうせお菓子だとか思ってんだろ。万年食べ物のことにしか興味ないな。
「植松くんにはあげないよ」
「えー気になるじゃないですか」
「えーじゃないよ。あげないものはあげない。てかいらないと思うよ」
「桑井さんからもらえたら俺なんでも嬉しいですよー」
なんて軽い。
なんかもう中身のクリームが少ないぼったくりのシュークリーム並に軽い。
「俺さ、今日誕生日なんですよ」
「うん?それが?おめでとう?」
「うん、ありがとうございます」
「え?なになに、植松くんは何がしたいの」
「いや?別になんでもないですよ」
「ふふっ」なんて可愛らしく植松くんは笑う。こんな顔初めて見た。
一体何がしたいんだか。やっぱり植松くんはわからない。なんかもう宇宙人みたい。
「だからさ、その紙袋の中身が俺への誕生日プレゼントだったらいいのになーって思って」
「なんだそれ。気持ち悪い」
ああ、わたしってひどいなあって。何が気持ち悪いだ、わたしのほうが何倍も気持ち悪いわ。もう本当。
ほら、やっぱり。植松くんの顔も心なしか困っているように見える。ああもう本当わたしってどうしようもない。
「え、と」
「うん。なんですか?」
「う、植松くんの誕生日知らなくって・・・えーと、その・・・ごめん」
「別にいいですよ。だって教えてないじゃないですか、というか俺は桑井さんに「おめでとう」って言ってもらっただけで嬉しいです」
よくもそんないけしゃあしゃあと恥ずかしい台詞言えるね。
謝らなきゃよかった。
「ていうか、坂田さんに渡すもんあるんじゃないんですか?」
「え゛、なんで」
「えー秘密ですー。ていうか、俺坂田さんにおめでとうって言ってもらってないなー」
スタッフルームから出ていこうとした足を思わず止めて振り返ると、植松くんに苦笑いされながら「はやく行ってきてください」なんて言われてしまった。
苦笑いとか一番悲しくなるからやめてくれ。
・・・――――――――――――――
「あいつの持ってるもんが、俺に渡したいもんなわけないじゃん」
スタッフルームに置かれた、学校で使うような掃除入れからガタガタと出てきながら、坂田さんは俺に言った。
そんなはずない。あれは坂田さんに渡すもんだって思ったもん。ていうか、違ってたら俺恥ずかしいじゃん。
「絶対違いますよ、だって眼鏡ケースでしたもん」
「あの距離で中身見えんのか!?おまえすげーな、びびった!!」
「見えるわけないじゃないですか。違いますよあの紙袋、眼鏡屋さんの紙袋なんです。ていうか掃除入れにいたんですね・・・」
「掃除入れにしか入れなかったんだ!え?でも眼鏡って可能性もあるでしょ?え?なんで、眼鏡ケースだって思ったん?」
坂田さんがこの部屋に居るっていうのはわかったけど、まさか掃除入れから出てくるとは思いもしなかった。
「だって坂田さんはもう眼鏡かけてるじゃないですか、だから普通は眼鏡贈らないでしょう?だったらケースの方かな、って思って・・・」
「よう見てるね、お前。そんなに好きなら告白してしまえ」
だからこの人は嫌い。
俺は何もわかりませんって顔してるのに、だいたいのことを見抜いてる。本当もう。
「でもさ?眼鏡かけてるの俺だけじゃないよ?店長とかさあ・・・」
「だって今日誕生日じゃないですか、坂田さん」
「本当お前俺のこともよう知ってるね。本当びびるわ。てかさ、お前も今日誕生日ならその可能性もあったんじゃないの?」
ああ、この人も単純だなあ、なんて思いながら溜息をつくと坂田さんはすごく怪訝そうな顔をした。
「なに」
「いや、単純だなーって思って」
「失礼だな。お前の方が単純だろ、好きな人にはデレデレじゃん」
「・・・聞き捨てならないんですけど。ていうかあれ嘘ですし」
「は?嘘って、え゛、今日誕生日じゃないのかよ!!!まじかよ!!さいってー!!!」
「え、でもこういうの結構ドラマとかでありません?」
「知らねぇよ!」
まさかのぐーで頭を殴られた。痛い、真面目に痛い。やばい。
「いってえー!」
「痛いじゃない!!お前見てるとなんか殴りたくなるんだよ!!」
まさかの理由すぎるだろ。ひどすぎるだろ。なんだ、殴りたくなる顔って、悲しすぎるだろ。
「あ、坂田さんってネカマなんですか?」
「はああああ?ネカマはお前だろーがあああああ!!!!!!」
「え゛、俺ネカマじゃないですよ。なに言ってるんですか。桑井さん坂田さんがネカマって言ってましたよ」
はっきりは言ってなかった気もするけど、まあいっか。
「くっそ、あの腐女子!!!むかつく!!!てかお前のせいで俺がネカマに間違われたんだぞ!なんとかしろ!!」
「知りませんよ、俺別に悪くないじゃないですか!!八つ当たりやめてくださいよ!!!」
「お前のせいだろ、お前が「さか」とか紛らわしい名前でTwitterするから真っ先に俺ネカマって思われただろうが!なんだ眼鏡かけてて黒髪でバイトがファミレスって。俺のことじゃねぇーか!!」
「え、だって・・・ねえ」
「だってじゃない!!!晒すなら自分の個人情報を晒せ!!!」
これは随分とご立腹なご様子でございますこと。
うわ、自分で言ってむかってきた。なんだございますことって。
「さ、坂田さん相手のほうが喜ぶかなって思って・・・」
「はあ?なにそれ、きもい。まじきもい。気持ち悪すぎる。なんだそれ女々しいな!おい!」
「いや、だって坂田さんのこと好きじゃないですか・・・桑井さん」
「え、なんなの、お前馬鹿なの。何回も言うけど俺のこと好きじゃないから!!絶対!!」
「バイトの時とかいっつも坂田さんこと見てるし、同じ学校だし、桑井さん眼鏡好きだし、趣味合うし、好きなものとか同じだし」
「お前よく見てんな。本っっ当きもいぞ、ストーカーレベルだぞ」
「でも、やっぱり、そうにしか思えないんですよ・・・」
「あーもう!!!なんなのお前!!」
なんて言いいながら、坂田さんは俺の髪をぐしゃぐしゃかき回した。
「やめてくださよ、治すの面倒なんですから・・・!」
「知らん!お前が女々しいのがいけないんだ!!!見てていらいらする!!!」
「いらいらしないでくださいよ・・・もう耳キンキンするんですけど」
「坂田さんうるさいんですけど」って言おうとしたら、坂田さんに腕を掴まれた。がしって、もっとスッって綺麗にできないんだろうか。
「あーのーなー!」
「は、い」
「別にいいじゃん、わざと桑井の好きなもの否定してわざと覚えてもらおうとしなくても!そんなことしなくったて覚えてるから!本当はイチゴ味なんか嫌いで空も大好きなんだろーが!」
「そんなことしたら嫌われるぞ」なんて坂田さんはいうけど。
でもそれでも、覚えていてくれるでしょ。そっちのほうが印象強いでしょ。忘れないでいてくれるでしょ。
「別に俺の好きでやってることですから、いいんです」
「本当、意味わかんないなー・・・もう、なんでもいいよ。好きでやってるんなら、それで」
きっと桑井さんはいまずっと坂田さんのことを考えて、探している。
なら、俺はおまけでいいじゃないか。忘れてないでいてくれるだけでもうお腹いっぱいだよ。うん。
「坂田さんはやく桑井さんの所行かないと、桑井さん困りま、」
「ちょっと植松くん、坂田さんいないんだけど!!!どこにいるか知らない!!??」
バンッて気持ちのいい音を響かせながら、俺の言葉を遮ってスタッフルームの扉が開いた。てか、その力で毎回毎回開けてたらいつか絶対その扉壊れると思う・・・。
「ああ゛?なんですか、ここに居たんですか!?」
すごい剣幕で坂田さんに近づく桑井さん。めっちゃ怒ってる。こえーよ。
坂田さんも坂田さんで呑気にあくびしながら「なにー?」なんて言ってる場合じゃないと思う、ある意味怖いわ。
「なに、じゃないんですけど!!!探したんですけど!!!」
「あー俺ちょっと、トイレ行ってくるー」
こえええええ!!!もうこいつ信じらんないんだけど!!!この状況でトイレに行くとかもうお前逃げる気満々すぎるだろーが!!!!
「あ、ちょ」
坂田さんを止めようとして掴んだ手は宙をきってからぶった。
「坂田コノヤロー、覚えとけよ!!!!」
バンッて閉まった扉に桑井さんは叫んだ。そうだ、桑井さんは坂田さんに渡したいものがあるんだ。俺が居ちゃいけなかったんだ。ああもう、なんで俺空気読めないかなあ・・・。
「なんで追いかけないの」とか「俺探してきましょうか」とか。
気の利く言葉を口から並べたいのに、並べなくちゃいけないのに、並べたくない。
「あの、俺・・・」
やっとしてでた言葉も、小さくて頼りなくて、ああもう俺ダメダメだな、なんて。
「植松くんってイチゴ味嫌い?」
急に何を言い出すかと思えば、この人はどうしたんだろう。しかも優しい口調だし、なんかもう意味わかんない。どうしたの、気が狂ったの。
「・・・好きですけど?」
「うん、じゃあ空は?」
「嫌いですよ?それが、なにか」
「植松くんってネカマ?」
「ネカマは坂田さんじゃないんですか?」
「じゃあ、さ」
「はい」
「植松くん、目悪いでしょ?」
「え・・・な、んで・・・・・・」
びっくりした。全然想定してなかったこと言われるって、すごくドギマギする。
でも、ふざけてる訳じゃなくて、真剣に俺の目を見ながら桑井さんは言う。なんかもう、なんかもうなあ・・・。
ああ、まって、もうちょっとでくっきりするのに。
「たまに目のあたりに皺よるからさ、いつもぼやけて見えてるんじゃないのかなーって思ってたんだ」
なんかもう泣きそう。
でも高校生になれば、どんなに嬉しくても悲しくても涙はそうそうでないもんで。
「最後のわたしが好きなこと」
ああ、もう嫌だ。恥ずかしい。ばれてた。ああもう、ああもう・・・。
「眼鏡をかけてる人が好きってこと」
「うん、うん・・・うん」
きっと、坂田さんが言ったんだろうな、って。
坂田さんは変なとこすごく慎重で、コマメで感が鋭くて嫌だ。きっときっと、俺が言ってた嘘を桑井さんには本当のことを言ったんだろうな、って。
「わたしは植松くんのこと忘れてやんない」
「うん・・・うん、俺も忘れないでず・・・ぐびっ・・」
「だからもう、植松くん自身が苦しんじゃうようなことはしないでね」
「ありがどう・・・っございまず・・・・・」
ああ、もうすげーカッコ悪い。
「あ、そういや、これ」
そう言ってずいっと俺の方に押し出されたのは赤チェックの紙袋。
え、これもしかして俺が坂田さんに渡せってこと?え、それは嫌だ。真面目に嫌だ。
「え、と?」
なんて思いながらついつい受け取っちゃう俺も本当馬鹿だと思う。
「植松くんは絶対欲しくないって思ってたんだけど、さっき何もらっても嬉しいって言うから・・・なんかもう、うん、それあげる」
「は?」
なんかもう意味わかんない。ていうか桑井さんのキャラがなんかおかしい。あれ、あれれ。
「うん、だから、そのー・・・、眼鏡は自分で選ばないとあれだと思って・・・眼鏡ケースなんだけど・・・気に入らなかったら捨ててくれていいから・・・うん」
「なんでそんなしおらしくなってるんですか。変ですよ」
「・・・なんか、嬉しくなったから」
「色々と意味がわからないんですけど。え、と?これは俺になんですか・・・?坂田さんにじゃないんですか?」
「坂田さんなわけないだろ」
「え、と、ありがとうございます?」
「うん。すごく地味なやつになったけど、うん」
「うおおおおおおおおおお嬉しいです!大切にします!毎日磨きます!あれ、でも坂田さんに渡したいもんあったんじゃ・・・」
「ああ、メロンパン?」
「・・・メロンパン?」
もうお前らの関係どうなってんだよ。
「うん、メロンパン。植松くんのこと沢山聞いたから、その分のメロンパン」
さいってーだな、おい。
・・・――――――――――――――
5歳の時に俺が初めて貰った手紙は「ババア」って書いてあった。
書いた奴は、坂田さん。なんか今と昔さほど変わってなくて、なんかもう色んな意味で嫌だ。
桑井さんが、坂田さんを探しに部屋を出てった数分後に坂田さんはしらっとした顔してスタッフルームに戻ってきた。お前らすれ違い多いな、おい。
「ほい」
スタッフルームの扉からスタスタ俺の前まで歩いてきて小さなメモを俺に渡した。
「・・・なんですか」
こいつから貰った手紙(っていうかメモ)にはろくなもんがない。
「まーまーいいから開けてみなさい」
なんかもう嫌な予感しかしない。絶対何買ってこいとか宿題教えろとかだよ、本当もうなんなんこいつ。
「はあ・・・」
「溜息吐きながら開けないでくれませんー?」
「うぜえ」
「素直になれやぼけなすがああああああああああああああ!!!!!」
「うるさいんだけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
ああ、もう。なんて思いながら開けてみれば、ほらやっぱり。
[ 忘 れ て や ん な い ]
絶対ろくなこと書かないじゃん。むかついた。
「・・・おこなうってツイートしていい?」
「えー、じゃあ俺そのツイートに[┌(┌^o^)┐]ってリプライするわ」
「本気でうざい。やめれくれないですか、そういうの!真面目に!!!!結構真面目に!!!!」
「えー、でも本音は嬉しいんでしょ?嘘吐きくん」
「その呼び名も、やめてくれませんか?」
「じゃあ、素直な子になりなさいよー」
5歳に貰った手紙には「ババア」
―――――――――――――――この時母親が死んだ。
10歳に貰った手紙には「お前のばーちゃんに会わせろやぼけなす(≧∇≦)/」
―――――――――――――――この時家出をしてる途中に祖母が過労で入院した。
いつもこいつから貰う手紙には呆れてたけど。今年貰った手紙はもっとむかついて呆れた。
「せいぜい、愛想つかされないようにな」
「うるせー」
きっともう、迷惑かけない。かけたくない。かけるもんか。
わざわざ独立させるために同じ高校に行かせなかったのも、でも心配して同じバイトをしてくれてるのも。
悩んだ時の最善策を導き出してくれるのは君で。
悲しいね、って言われるより。
嬉しいね、って言われるより。
頑張ってね、って言われるより。
幸せにね、って言われるより。
好きだよ、って言われるより。
上手だね、って言われるより。
ごめんね、って言われるより。
きっと、きっと、きっと・・・――――――――――――・・。
「嘘吐きくんって、5年に一度の手紙凄く嬉しそうに読んでくれるからさ、俺すげー調子乗っちゃったわけですよ」
知ってた。
「だからさ、なんかもうさ・・・俺さ嬉しくってさ」
知ってたよ。
「でもさ、お前桑井好きなくせに彼女とかほいほいつくるからさ、なんかさ」
うん、ごめんね。辛かったね。
「許せなかった」
言い訳されるのが嫌いで、でも言い訳しなくちゃ人生上手く回んないわけで。
人のご機嫌とんなきゃ、生きていけなわけで。
そうじゃないと、崩れちゃうわけで。
なおせなくなるわけで。
「だからせめてもの、お返しで桑井にお前の本音言ってやった」
「お返しっていうか、仕返しだろうが。でも本当、あれは困ったよ。顔が蒸発するかもと思った」
―――――――――バンッ
うわああ、なんて思いながら音がしたスタッフルームの扉の方を見れば、桑井さんが立っていた。
「全部聞こえました!」
なんて言いながら、俺を睨んでくる桑井さんは本当終始意味がわからない。
「うん、とりあえずさ、まず植松は今付き合ってる彼女と別れて桑井と付き合いなさい」
「そうします」
桑井さんはすごく優しかった。
人に馴染めなくて辛かった時に慰めてくれなかったけど、俺の話を聞いても泣かなかったけど。
いつも笑わない、桑井さんがしわくちゃなに笑った顔で「泣いてもいいよ」って俺の欲しかった言葉をくれた。
自分のが辛いのにね。馬鹿みたいだよね。
それだけでもう満腹で。恩返しを何回しても足りないくらいの愛になって。
「デートどこ行きたいですか?」
「待って、わたしまだ告白されてない」
[ い ま ど う し て る ? ]
[ う ほ う ほ 状 態 な う ]
(覚えてやがれ!)
(植松くんて生意気なんだね)
(・・・坂田さん本気できらい。本当もうやだ)
。End。
※補足
桑井は学校ではだいたい一人で居たり、友達とちゃんと話せなかったり。
それに対して、植松は結構わいわいやってるけど結構内気な性格だったり。
ノートに落書きとか桑井のものがたまに無くなることとかがあると、坂田はひっそり植松に言ってる感じです。それよか、テーマに一番乗れてません。ごめんなさい。
題名のI'll remember this!は「覚えてやがれ!」って意味だと思います。
伝えきれなくて申し訳ないです。ありがとうございました。