「莉央(りお)ーっ!待てよ、おい!」


冬の太陽が輝く下で。
あたしを大声で呼ぶのは、幼なじみで、1つ上の波琉(はる)。
先輩だけど、彼にはどうしても敬語を使えないでいる。本当はダメなんだけどね。

今は学校に行く途中で、遅いアイツを放って、先に行こうとしたらこうなった。


「んもー。波琉遅いよ!置いてくよ!」

「もう置いてってんだろ!止まれよぉー!」


なんて。言ってる波琉は気にしない。
勝手に追いかけて来ればいい、、、と思う。けど…


「しょうがないなぁ。あと30秒待ったげるー!」


どうしても、甘くなってしまう。
理由は、まだヒミツだけれど。


「よっしゃ。そうこなくっちゃ!」


そう言って、彼はあたしに向かって猛ダッシュし始めた。

吐く息は、白い。手は、かじかんでうまく動かない。
少しでも温めようと思い、息を手に吐きかけようとした。

するといきなり、自分の手が誰かの手と重ねられる。


「え?」

「うわっ。莉央の手めっちゃ冷てー!俺があっためてやるよ。」


その手の持ち主は、波琉だった。


「は、はる!?どーしたの、いきなりこんな…」

「えー。最近、手とか繋がなくなったろ?だから、繋ぎたくて。」


嫌だったか?なんて、不安そうに聞いてくる波琉をよそに、あたしの胸はドキドキして破裂しそうだった。

嫌なわけ、ないじゃん。


「だいじょぶ。あったかいよ。ありがとね、波琉。」


あたしは君に、恋してるんだから。


「良かった。…あ、ヤバイ、遅刻する!莉央、急ぐぞ!」


波琉は握っていた手に力を込め、あたしを連れて走り出した。

真っ赤な顔のあたしに、気づきもしないで。




+昼休み+


「莉央、進路調査表、出した?」


今は昼休み。
話しかけて来たのは、親友の架音(かのん)。


「まだー。ってかさ、まだ中2だよ?なんで行きたい高校なんか決めなきゃいかんのよ。」

「まぁまぁ。しょうがない。3年生なんて、来週私立の入試だよ?」

「うー、それはあたしが一番良く知ってるー」


波琉は最近、「私立高校が追いかけてくる夢見た…」なんて言って。
相当追い詰められているのを、自分は近くで見ていたから。


「てかさぁ。波琉先輩、県外の高校行くんでしょ?」


不意に、架音から出た言葉。


「サッカー推薦?みたいので。」

確かに、波琉はサッカー部のキャプテンだったけど。(ついでに顔もいいから、超絶モテる。)
そんなこと、全然聞いていない。

突然のことに、あたしが口をぽっかりと開けて呆然としていると、


「え、あんたまさか知らなかったとか?結構有名だよ、この話。」


と、さらに追い討ちをかける架音の言葉。

あたしは急に、どん底に突き落とされた気分だった。


「そ、そうなんだ。ま、あたしには関係ないし?波琉がどこ行こうがあたしには全然…」


見破られるのはわかっていたけど、強がってしまうお年頃。


「嘘つけ。泣きそうだけど?」


案の定、あっさりとバレた。


「うぅ…どうしよう……!」

「あーなんか、波琉先輩目当ての女の先輩たち、みんなこぞってアピってるらしいよ。お姉ちゃんが言ってた。」

「イヤァァァァ!波琉がぁ…ケバケバの先輩たちに取られちゃうー!!」

「ケバケバて(笑)でも、派手な先輩多いよね。波琉先輩ファンに。」


確かに。といいかけ、やめた。
あたしは前に、波琉と仲が良い、というだけで呼び出しをくらったのだ。

しかも、5人ぐらいで。
その時はたまたま先生が通りかかって助かったけれど、この会話を聞かれたりしていたらまた何があるかわからない。


「んー、、、それだけ波琉が派手なんだよ。きっと。」

「そう?というか、少し女子に優しすぎるんじゃない?だから、女子は舞い上がる。先輩は必然的に遊び人に見えてしまう。」

「なるほどねー」


どっちにしたって、あたしには嬉しくないことである。

そうこうしているうちに昼休みは終わり、架音は自分の席に戻った。


授業中も、ぐるぐる頭の中を巡るのは、波琉のこと。


なんで、県外行くこと言ってくれなかったの?

あたし、そんなに信用なかったのかな。

幼なじみって、波琉にとっては、そんなもの。だったのかな。

やるせなくなったあたしは目を閉じ、眠りの世界へと堕ちた。


キーンコーンカーンコーン


チャイムの音で、あたしは目覚めた。
どうやら、居眠りをしてしまっていたらしい。

授業はすでに終わり皆、帰り支度をしている。
後ろだから、バレなかったのか。


あたしも帰ろうと思い、机に引っかかっていたカバンを手に取り、教室を後にした。


あたしが、家に着く頃には、辺りはもう暗くなり始めていた。
ドアを開こうと、ドアノブに手をかけると、隣で「ガチャン」という物音がした。

驚いて振り向くと、私服姿の波琉が、こっちに手を振って立っていた。


「莉央、おかえりー」

「ただいま…」


なんとなく、気まずい。
あの話を聞いたからだろうか。

波琉は、不思議そうにこっちへ来た。


「どした?なんか、元気なくない?」


やっぱり、波琉は優しかった。
だから、女の子に人気があるんだよね。

でも今は、その優しさが、ちょっと痛いよ…


「んーん。なんでもない。あたしは大丈夫だよ。」


言った途端、波琉の表情が険しくなった。


「嘘つけ。絶対なんかあっただろ。気づかないとでも思った?俺、何年莉央の幼なじみやってると思ってんの?」


その言葉を聞き、今まで抑えていたモノたちが、一気に溢れ出るのを感じた。


「幼なじみだと思ってないのはそっちじゃん!波琉、高校県外行くんでしょ!?言ってくれなかったじゃん!」

「ッ――…」

「ほらね!なにも言えない。あたしの落ち込みの原因はこれよ!言って欲しかった事実を、教えてもらえなかった!」


嗚呼、止まらない。


「あたしはただ、言って欲しかっただけなの!行くな、なんて言わないから。寂しい、なんて言わないから…」


次第に、視界は涙でぼやけてくる。


「好きな人に、聞き分けのない子だなんて思われたくないもん。…あたしが一番に、応援したかった。波琉が、好きだから!」


途端、体は波琉に引き寄せられていた。


「ごめん、ゴメンな。莉央。…今は、なにも言えねぇ。でも、必ず本当のこというから。返事も、その時に。」


抱きしめられた、という事実を受け入れるのに、あたしは時間がかかった。

けれど、それ以上に、返事をもらえなかった、ということが胸に渦巻いて、ただ。悲しかったんだ。


あたしは、波琉の腕から逃げるようにして、ドアを開けた。



次の日の朝。
いつものようにポストを確認すると、新聞と一緒に、水色の手紙が入っていた。


差出人も、宛先もない。


不思議に思い、開くと。
見慣れた几帳面な字が、便箋いっぱいに広がっていた。



―――――――――――――――――――――――――――

莉央へ


昨日は、ごめんな。
俺、莉央の気持ち、全然わかってなかった。


本当にごめん。
県外に行くのは、本当です。

ありがたいことに、推薦もらえたんだ。
俺も、最初に莉央に伝えたかった。でも、ダメだったんだ。

理由は、言えない。

でも、いずれわかると思う。


好きって言ってくれてありがとう。


莉央のことは好きだよ。
でも、今はlikeだ。

この意味、わかるかな。


今すぐ、自分の気持ち、言いたいよ。
だけど、もう少し待って欲しい。


大好きだよ。

幼なじみより、友情を込めて。


                   波琉


―――――――――――――――――――――――――――


涙が、溢れた。

間違いない。波琉だ。


この字も、うちではあたしが一番にポストを開けるのも、彼は知っていた。


告白の返事も、教えてくれなかった理由も。

波琉なら、いつか教えてくれる。今じゃなくても、必ず。


だからあたしは、待つことにした。真実を知れる、その時が来るまで。
あたしは、涙を拭いて家に駆け込んだ。



それから波琉の今日の卒業までの2ヶ月。
あの手紙が合図だったみたいに、あたしたちは口を聞いていない。


式が始まる。
たくさんの3年生が入場して来た。

あたしはじっと、ひたすらに。彼が入ってくるのを待つ。


すると、周りで小さく「キャァ」という黄色い歓声が聞こえてくる。
ふ、と視線を上げると、丁度波琉が歩いて来るのが見えた。


久々に見た彼は、口元に小さな笑みを浮かべていて。(多分、サービス。)
それでいても、その瞳はなぜだか寂しそうで。

見つめているあたしは、なんだか泣きそうになった。

波琉…君の声が、聞きたいです。


なんだか見ていられなくなって、あたしはうつむいた。
600人は、いる会場だったから、先生は全く気づかなかったらしく、あたしはそのまま寝てしまった。


「…お!りお、起きて!莉央、起きろー!」


体を揺すられ、目が覚める。
目の前には、心配そうにあたしを見つめる架音がいた。


「あれ、かのん。今、何時?卒業式は?」

「今は11時半!莉央、途中で寝ちゃって全然起きないから、具合悪いみたいなんですーって抜け出した(笑)」

「まじか!ゴメンね。お姉ちゃん、見たかったでしょ?」

「いーや、全然。あの女の顔なんて、思い出したくもないもん。」

「またまたー、仲良いくせして。」


架音と話してると、ここが保健室だということに気づく。
かすかに漂う薬品の匂いが、鼻の奥を刺激する。

すると、おもむろに時計を見た架音が、急に慌てだした。


「やば!莉央、3年生送る花道、もうすぐ始まるよ!波琉先輩、見るんでしょ!?」

「え、もうそんな時間か。いーよ、架音行ってきて。あたしはここで休んでる。」

「でも…。」

「早く行きなって!結衣先輩、見送らなきゃ!」


もちろん、結衣先輩というのは架音のお姉ちゃんだ。


「わかった…じゃあ、帰りは連絡するから!」

「ん。ありがと、結衣先輩によろしく!」


架音は、長い廊下をものすごい勢いで走って行った。

素直じゃないんだから。


にしても。あたし、1人かぁー。
先生もきっと、3年生のお見送り中。

だからあたしは、本気で1人なのだ。


…波琉、今日が終わったらもうしばらく会えないんだ。


同級生でも、ましてや、恋人でもない。

幼なじみ≠ネんてぬるい関係。


波琉が帰って来たとことで、必ず会えるっていう保証はない。
そう考えたら、なんだか涙が出てきて、枕に顔を埋めた。


「会いたいよ…」

「誰に?」

「え……」

呟いた瞬間、勢いよくドアが開いた。
そこには、会いたくて会いたくて…会えないと思っていた人。


波琉、が立っていた。


「莉央っ!」


こっちに駆け寄って来た波琉に、嬉しさであたしは涙を流してしまった。
震える肩を、波琉が、ぎゅっと抱きしめる。


「どうして…?」

「卒業式中、ずっと莉央のこと探してたんだ。」


嘘。


「でも見つかんなくて。しょうがないから花道で声かけようと思ってたのに、いないから。」


莉央の友達の架音ちゃん、て子に聞いたら保健室で休んでるって言ってたから来た。波琉は、そう言った。


「で、莉央は誰に会いたかったの?」


いたずらっ子みたいに笑って、彼は聞く。
どう考えても、わかってる顔だった。


「知ってるくせに…。」

「え?聞こえなーい。」

「だからっ!波琉に、、、会いたかったの。」

「ッ―――!」


いきなり黙ったかと思うと、波琉は、あたしを抱きしめる腕を強めた。


「ごめんな。あの時、返事できなくて。本当は、ずっと、ずっと。莉央のこと、好きだったんだ。」


彼の口から溢れ出た言葉は、信じがたいものだった。


「でも、同級生の女にそのことバレて。もし莉央に関わったら、痛い目に遭わすって言われて。」


高校のことも、言えなかった。波琉は、悔しそうにうつむいた。


「告られた時、俺、本気で嬉しかったんだ。でも、前みたいに莉央が囲まれたらって思ったら返事出来なくて。」

「もう、もういいよ…!!」

「だから、手紙にしてみた。あれで精一杯だったんだ。」

「波琉…」


いっぱいに香る、久々の波琉の匂い。
安心したんだ。


「でも、もう我慢は終わり。莉央。寂しい思いさせちゃうかもしれないけど、俺と、付き合ってくれませんか?」


涙が、これでもかってほど零れ落ちた。
この想いは、無駄じゃなかったんだね。

「はい…よろしく、お願いします…!」



あたしは満面の笑みで、波琉を抱きしめ返した。




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to 波琉


ねぇ。波琉?
あたし、今ならわかるよ。

あの手紙の意味。「今はlike」っていうのは、後でloveになるってことだったんだね。

不器用な君らしい、素敵な言葉をありがとう。


あたし、波琉に恋して良かったよ。
辛いことも苦しいことも、もちろん。これからたくさんあると思う。


でも、波琉がいれば、あたしは大丈夫。
だから、サッカー頑張って来てね。




時々、会いにいくよ。





幼なじみより、愛を込めて。




                 from 莉央

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この想い、届きますように。
loveletterを、愛する君へ贈ろうか?


ike*letter えんど。

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