「あああああああっ!!」
ギリ、と歯を食いしばり、刃を腕にくい込ませて一気に横へ滑らせた。刹那、鋭い痛みと共に、肌の裂ける感覚がまるで電流が走ったようにビリっと脳内を駆け巡る。
静かに呼吸を続け、電流が走った後を指でなぞる。途端に裂けた傷から赤い血液が溢れ出した。
不意に、真紅の髪を揺らす相方が脳裏をよぎる。ほんの2週間前に死んでしまった相方は、未だオイラの頭の中から消えてはくれないようだ。
任務に赴けば隣を歩く足音や、床を滑る独特の音。
訪れればいつも鼻腔をくすぐる爽やかな優しい木材の香りと、容易に想像つく血なまぐさい匂いが混じった部屋。
時たま見せた、真紅の髪をなびかせる綺麗な本体の姿。
すべてが、全てが、もう、2度と見れる事はないのだ。
そう思う度、オイラは決まって痛みを求めた。苦しい、淋しい、やるせない。心の底から溢れ出してくる感情を、何とかして吐き出して忘れたかった。
「…は、S級犯罪者が聞いて呆れるぜ、うん」
自嘲気味に笑い流れる血を見て、微かな安堵と微妙なやり切った感を覚える。旦那が死んで3日目ぐらいから発症したこの自傷行為は、思いの外現実逃避に最適だと思った。【逃避】だと自分で言うくらいなのだから、勿論、逃げていると分かっている。だけど、やめられない。
部屋の扉が微かに開く音がした…様な気がして、たくしあげていた装束を伸ばし腕を隠してドアの方へ振り返った。
「せーんぱい!ちょっといいですかぁー?」
ドアの向こうから現れたトビがやたらと高いテンションで部屋へ入ってきた。眉間にシワを寄せつつとりあえず頷く。
「…何だ、うん」
「明日の任務の事なんですけどー!…」
話していたトビが急に黙り、オイラを見る。
微かに首を傾げると、トビが高い声で言った。
「…とりあえず!先に手当しましょうかー?」
「…」
オイラは下を向いて黙った。いつも、いつでもトビはオイラのこの行為に1番最初に気付き、手当てを強要する。どうせ避けられない道だろう、と諦め腕を差し出すと、トビが自分の腰に手を当てる。
「あれれ?今日はやたらと素直じゃないですかー。いつもは手当、あんなに嫌がるのに…」
「うるせぇ、うん」
オイラは眉間に皺を寄せてトビを睨みつける。トビは肩をすくめてオイラの腕を取った。
「…とりあえず救急箱、取ってきますね」
先ほどの高いテンションとは変わって落ち着いた声で、トビはオイラにそう告げると腕を離しクルリと背を向けた。
扉が閉まりオイラは溜息をつく。そして天井を見上げ遥か届くことのない想いを吐き出した
「…せめて、死に際でもいいから、あんたの側に居たかったんだよ、旦那」
途端に溢れだした涙を拭う事もせず、オイラは天井の一部を凝視し続け、今は代わりの相方が持ってくるであろう救急箱を待った。
ドクドクと、切った部分が脈打つ。自分が生きているという実感がわき、思い直したのだ。
自傷(自分はまだ、死ぬ訳にはいかないと)