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口付けに猛毒を  


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片想いだと分かっていながら
手を伸ばした。
その気が無くとも
伸ばした手を冷たく握るだけで良かった、のに






『…が、は』


口内が鉄の味一色になり、デイダラは無意識に喉元を押さえる。薄暗い部屋のなか、心細い蝋燭の明かりの周りに浮かび上がっているのは無数の試験管と得体の知れぬ薬品たち。そして目の前にはベッドの上であぐらをかいて座っている自分の相方。特有であり、トレードマークである深紅の髪は闇に溶け、随分と見えにくい。


デイダラは喉元を押さえつつその相方の方を見る。次から次へと溢れて止まりそうもない血液の逆流に鼓動は早鐘を打ち、危険信号を確かに伝えていた。しかし肝心の手足は痺れて動かず、右手は喉にそして左手は床についたまま。動かす事は困難だ。



『…苦しいか』



ふ、と低く落ち着いた声が頭上から降りかかる。その声は誰よりも聞き慣れた、また誰よりも愛しいものだった。沸き上がる嘔吐感に耐えながら、デイダラは視線をあげる。とっくの前に陽は傾き落ち、静かな闇が部屋中に充満しているが机の上にある蝋燭のおかげで、なんとかその愛しい姿を認識できた。相方―――――…サソリの抑揚の無い問いかけにデイダラは答えなかった。否、答えられなかった。



『その毒は試薬品だ。』



目を細めるサソリは冷たくデイダラを見下ろす。【試薬品】。つまり、どんな効果をもたらすのか、また致死量などもはっきりとはわかってはいないし、解毒薬を作ってもいない、という意味だとデイダラは解釈した。サソリの言葉に少なくとも、デイダラは後悔する。己の理性を保ち続け、尚且つ誘いを断る事が出来たなら、今頃こんな窮地に立っていないはずだと切実に思った。段々視界がかすみ、瞼が重くなる。しかし瞼を下ろせば全ての終わりだと思ったデイダラは必死に目をあけサソリを見上げる。溢れでた血液は静かに口の端をつぅっと伝った。



ほんの、出来心だった。
デイダラは近々遂行する極秘任務での自分のノルマや、お互いの連携を確認する為に普段立ち入る事の許されないサソリの部屋を訪れた。己の部屋と同じように作品で溢れた部屋。それは粘土と人形の違いを除けば何も変わらない。芸術家らしい部屋であった。


ペインから預かった任務内容が記された巻物を広げ、デイダラはサソリに連携確認の声をかける。傀儡をいじる手を止め振り向いたその姿は、顔半分を布で覆った人相の悪すぎるヒルコではなく、自分よりも少し背丈が低い、童顔の赤髪であった。デイダラはこちらが本物のサソリだと認識してはいるが普段、生活の九割をヒルコの姿であるため今のサソリの姿は違和感を感じる事この上ない。


そして違和感だけでなく、デイダラはこの姿がほんの少し苦手だ。声色さえも違うサソリのその姿に、いつもデイダラは魅入ってしまっていた。今まで感じた事のない感情がふつふつと確かに沸き上がり、何とも言えない気分になる。けして不快ではないが、かといって気持ちの良いものでもない。寧ろなんだかそわそわして落ち着かず、この気持ちを気分をどうやって紛らわそうかとそればかりを考えてしまう。初めてサソリの姿(いわゆる本体)を見て数年。デイダラは芸術性の高い赤い髪を見るたび確実に心は惹かれていた。


蝋燭の明かりだけを頼りに、巻物の角度を変えながら指をさし内容と連携を確認していく。柔い明かりに照らされている赤い髪はさらさらと流れ何度か目を奪われた。



『…ならオイラはこっちから入って奇襲だな、うん』



最終段階の確認を促し、デイダラは前屈みになり巻物を見る。巻物は床に置かれているため机の上にある蝋燭の光は遠く見えにくい。しかし机の上は薬品や傀儡の部品が置いてあり触ろうものなら即刻毒入りの瓶が飛んでくるに決まっている。そのためいつも任務確認は床の上だった。デイダラは巻物から目を離し、横でじぃ、と巻物を見つめるサソリを見る。その横顔は精悍だが生気がない。命の理を自ら変えてしまったサソリは今を生きてはいないのだ。


不意にサソリがこちらを向き視線がかち合う。こちらを見つめるその瞳の中には自分が映りこみ不思議な感覚に陥る。普段目を合わせて会話する事はほぼないに等しいのでデイダラはうろたえた。



『デイダラ』

『な、なんだよ…』



名前を呼ばれ、更にうろたえる。声色が違うその声に名前を呼ばれるのは慣れていないため酷くくすぐったい。サソリはそれ以上何も言わず、静かに左手を上げてデイダラの前髪をすいた。突然の行動にデイダラは肩を僅かに上げ、怪訝な表情で見つめる。生気がないサソリの瞳は冷たい視線のままだ。


その瞬間、デイダラは自分の唇をサソリの唇に押し当てた。ガシャ、と黒く覆われた装束の下から音が鳴る。何故、どうしてそうなったのかは分からない。ただ突然、サソリにキスがしたくなったのだ。唇を押し当てたまま静止すること数秒、サソリが不意に口を僅かに開けた。堰が切れたようにデイダラは自ら舌をねじ込み口内を荒そうとしたその瞬間だった。



『ん゛…』



自分の口内に、何か液体が滑り込んできた。唾液かと思い呑み込んだその部分が熱く痛みだし、デイダラは目を見開き唇を離す。勝ち誇ったようなサソリの表情に違和感を感じ喉を押さえる。呼吸は自然と早くなった突如、身体に異変が起こった。








『ぐ…ぁ…』




変わらない熱と痛みにデイダラは額に汗を浮かべてサソリを見る。逆流してくる血液は止まることを知らず口の端からポタポタと流れる。サソリの視線は冷たいままでデイダラは寂寥感に満たされ間違いを知る。サソリの行動に自分を想う心は欠片も無いのだと。勘違いをした自分が踏み込んだ行動は、見事に返り討ちにあったのだ。



『一体何のつもりか知らねぇが』



酷く心地よい低音が鼓膜を震わす。こんな状態でも、まだサソリの声に口角が上がりつつある自分を心底笑いたくなる。けして報われることはないと知り、絶望の淵に立たされている今でさえデイダラはまだ確かに残る感情を消すことは出来なかった。もう目を開けることは無いのかも知れない、と漠然と感じ、視界に映る整い過ぎたその容姿をしっかり焼き付ける。痛みと熱は増すばかりで瞼が下りてくる。



『俺に欲情するのは大間違いだぜ、餓鬼』



蝋燭の微かな明かりさえも閉ざした真っ暗な視界の中、冷たい声が響き意識は途絶えた。






口付けに猛毒を


(報われることない想いは)

(蝕まれても尚求める)



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