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夏終  


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あと10分で、電車がくる。


人気のないホームに立つオイラと旦那はここ数分ずっと沈黙を守っていた。
ホームから見える空は墨を落とした様に黒く、次にくる季節の準備に急ぎ、夏の終わりを告げる虫たちの声や羽音が時折聞こえる。



「…何か話せよ旦那。10分しかないんだろ、うん」



沈黙に耐え切れなくなり、オイラは横に立つ旦那に言う。オイラと旦那は小、中、高と同じ学校に通い、ひとつ上である旦那は去年高校を卒業し、近くのアンティークショップで働いていた。ずっと趣味で作り続けていたカラクリ人形がある日、どこかのコンクールの造形創作部門で最優秀賞を取り、たまたま人形造りの偉い人(名前はよく知らない)の目に止まった旦那はその先生に誘われるまま、今まで育ってきた街を離れ、遠い都会へと上京したのだ。
淋しくない、と言えば嘘になるが自分の大切な人を応援したい――――…そう思ったオイラは少し前に出たこのホームで旦那を笑顔で送り出した。もちろん、今日もそのつもりだ。


オイラの言葉に旦那は「あぁ」と返事し、そのまままた黙ってしまった。夏と秋の区切りをつける今日、唐突に送られてきた旦那からのメール。ディスプレイに映し出された【4番線ホームに来い】という文面は、実に素っ気なく旦那らしかった。向こうの生活は忙しいのに、わざわざこちらに戻ってきてくれたことが嬉しく、メールを見た直後、すぐに自転車のペダルをこいだ。
相も変わらず流れる沈黙に、旦那がこの街にいた頃の懐かしさを思い出し、オイラはこっそりと静かに笑う。




「明日帰るんじゃ、駄目なのか?」


「いや、もう行く」



旦那がそういった瞬間に、アナウンスが鳴る。オイラと旦那以外人が居ないホームに響くアナウンスはいつもより大きい気がした。10分とは、こんなに短いものだっただろうかと考えた瞬間、に大きな寂寞感がこみ上げる。電車の車輪が線路を走るあの音が近づいてくる。


言いたいことも、聞きたいことも、沢山あるはずなのに、今は何故か考えられなかった。
只、笑顔で、笑顔で送るんだと自分の想いに蓋をして見送ろう、とそればかりを頭の中で繰り返していた。

不意に旦那が、こちらを向く。
物珍しい赤毛と眠そうな濃い赤黄色の瞳。ずっとずっと、一緒に育ってきた大切な人にオイラは何か言おうと口を動かした。しかし出てくるのは、声や言葉ではなく、必要の無くなった二酸化炭素を含んだ息だけ。





「10秒だけ、時間をくれるか」




旦那の一言に、オイラは訳がわからないまま頷き、声に出して数を数え始めた。声に出した理由は、ほんのちょっとした意地悪とこみ上げる寂しさを逃がす為だった。




「いーち、にーい、さーん、」



オイラの声が数を踏み、アナウンス通りに電車がホームへ滑り込んできた。


刹那、旦那は腕を引いてオイラを抱きしめた。時間と息が止まり、停車する音が遠くなる。オイラの背中に回された旦那の腕は熱くて強かった。少しして、オイラの頭を撫でる手にただ驚いて、目を見開いていた。

旦那の腕が、手が、想いが、オイラの中に流れ込んでくる。言わなくても、声に出さなくても伝わってくる想いに涙は浮かび、オイラは必死で歯を食い縛る。数を踏む声はもう、消えていた。


完全に停車した電車はドアを開ける。オイラの両肩に手を添え、旦那はオイラの唇に自分のそれを静かに重ねた。オイラの頬に一筋、想いの雫が伝って落ちる。旦那は唇を離すと、そのまま背中を向けて電車に乗り込んだ。結局ほとんど会話らしい会話は無かったが、十分だった。
待っていたかのように、電車のドアがゆっくりと閉まる。車内にたたずむ旦那は、かすかに笑っていた。そして電車は、ゆっくりと動き出す。オイラは口角をあげ、伝う涙をぬぐう事無く手を振った。遠くなる線路の上を走る音を見つめて、オイラは心に誓う。今度は自分が、このホームから踏み出そう、と。
愛しい人が居る、遠い場所へと想いをはせて。






夏終


(貴方を想って踏み出すは)

(何万歩よりも距離のある一歩)





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