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流星群  


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【過去のある地点に君を戻してあげよう】


真っ暗な視界のなか、頭に響いた声に目を醒ましたのは午前3時。オイラは眠たい目を擦りながら上体を起こし闇に包まれた部屋を見渡した。普段から交代の見張り番があるためか元々眠りは浅く、覚醒するまでにそう時間はかからなかった。夏用の薄いタオルケットをめくり静かに足を床の上に下ろす。


夜の為か日中とは違い、少しばかりひんやりとした空気が漂っている。深夜独特の静けさと雰囲気に誘われそのまま外へと足を運んだ。特に宛もなくアジト内をうろついた結果、知らず知らずの内に見張り場へと辿り着いていた。犯罪組織故、常に誰かが見張りをしてないといけない為、この場所で人が居ないということはけしてない。




(…今日は、誰だっけなぁ)




思案してみたが、自分が当たっていない日の当直など興味無いため分からない。見張り場は石で出来た螺旋階段の上にある。なるだけ音を立てないように階段を踏みしめ丁寧に上がる。夜の静けさが背中を押した。




『…次は貴方だったかしら、デイダラ』




月の光に照らされ目を細めた一瞬。静かで冷たい声が鼓膜を揺らした。背中を向けて月を見つめるその人は普段、組織内で見かけることは少ない。気配は一応消していたハズだがどうやらバレバレだったらしいその口調に諦め、その背中に歩み寄る。




『いいや、オイラは今日当直じゃねぇぜ。うん』




藍色の髪に飾られる紙質の華が月明かりに照らされて白く輝く。横に並んだデイダラは小南と同じく月を瞳に写した。夜空に浮かぶぽってりとした月を見ていると、遥か昔に置いてきた筈の記憶と想いがじわじわ底から迫ってくる。唇を噛み締め、デイダラは月から目を離さないよう力強く見上げた。




『…新しい相方は、どう?』



不意に聞かれた質問に、ぐるぐると回っていた想いが止まり、小南に目を向ける。随分と美人な顔立ちだが、無表情がそれを台無しにしている。この人でも、笑うことがあるのだろうか、と余計な事を考え、デイダラにとって後輩であるトビを思い出した。



『あいつ…ぜってえオイラの事なめてやがる』




けして仮面の下の素顔を見せず、いつもおどけて自分を苛立たせる後輩にデイダラはしばしば喝を入れていた。思い出すだけでも苛立ちは募り、明日朝一番にあいつを見たならきっと殴り飛ばしたい衝動に駆られるに決まっている。



『旦那ならこんなこと無かっ―――――…』



デイダラは途中で発言を辞めた。いけない。自分で決めたのだ。けしてその呼び名は出さない、と。小南は不審に思ったのかこちらを見る。デイダラは微かに唇の端を噛み、無理におどけた。



『…まっツーマンセルだ、仕方ない、うん』



そうして笑うと夜空に目を向ける。いつもより星が近い気がして手を伸ばしくなった。



『今日は流星群らしいわ』



どこから聞いた情報なのかは分からないが、小南はそう言った。流星群、なんて言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。いやむしろ初めてかもしれない。
しかし生憎、星には興味はないオイラはとりあえず『ふーん』とだけ返した。それを最後にまた、静寂が訪れる。



ひんやりとした空気が頬に触れる。あの人はこんなしんみりとした冷ややかな空気も、分からなかったのだろうかと不意に思い出す。地面に伏すくすんだ紅い髪を最後に見てから早数ヶ月。時間の流れは早く残酷で、蓄積した記憶は全て思い出になりつつあった。



『…何を考えているの?』


『別に、なにも』



お互いに視線を空に向けたまま言葉のやり取りを重ねる。
無数に瞬く星空にはまだ、流れる光は見えない。


思い出を語る犯罪者などなんと滑稽かと痛い程にプライドが邪魔をする。きっと小南はオイラの話を、思いを聞いたとしても否定も蔑みもしない。だけど話すことに酷く躊躇する。…いや寧ろこの心中は生涯誰にも打ち明ける気は無い。


だって、まだ



『あ、』



不意に声を出した小南に目を向けると夜空に指をさした。珍しく開かれた瞳は月を映しいつもより表情が明るい気がする。



『見えた、流れ星よ、デイダラ』

『ほんとか?』



オイラも星空に目をむける。流れる光は一瞬だ、当たり前に視線の先には星が広がっている。小南が見た流れ星はとっくに消え、オイラの瞳には静かに輝く無数の点だけが映った。
暫く躍起になって空を凝視し流れ星を探すけれど、空は沈黙し、光り輝く星だけが夜空を彩る。



『………来ねぇな、うん』



オイラは諦めたように痛くなってきた首を軽くさすり視線を下に落とす。なんだか自分だけ置いてきぼりされたようでしかめっ面になった。そんなオイラを見かねてか、小南はいつもよりオイラに会話を持ちかける。



『流れ星に願いを言うと、叶うそうよ』


『そうなのか?』


顔をあげ小南を見れば、その口元が綻んでいる気がした。笑っている、とは言えないが、普段の彼女がしないような表情にオイラは思わず目を見張る。
願いか、とオイラが呟いた声を最後にまた沈黙が訪れる。
いつの間にか、小南との沈黙が心地よいものに変わっていた。


そして


『…あ』


見上げた夜空に一筋の光が一瞬で横切った。



オイラは目を閉じ願いをはせる。
【どうか、安らかに】


犯罪者として過ごした殺伐とした日々に上書きされるような、あの人にとって幸せで安らかな眠りを。
目を開ければ夜空には光の筋が幾重にも重なって夜空を駆け巡っていた。
右手で硬く拳を作り、小南と光の筋を見つめ続ける。
見つめた夜空の先に、深紅のあの人が珍しく笑った気がした。




流星群
(いつか、貴方の側に)




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