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亡くしたモノU  


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『…まだ起きてたのか』



ドアノブを回し開くと窓辺に立つデイダラが見えた。
夜の風に当たっていたのだろうか、珍しく口元が綻んでいる。
俺はドアを静かに閉めてゆったりとデイダラに歩み寄る。
月の光が金の髪を照らし、窓から入り込む風がその髪を揺らす様子は芸術的だ。



『寒くないか?』



普段よりも口を大きめに開け、ゆっくりと発音する。
デイダラは俺の口元を凝視し、暫し考えるようにじっと俺を見てからニコリと笑い首を縦に動かした。
俺もそれにつられ口角を上げるとデイダラに歩み寄る。



『満月、か』



闇の空に浮かぶ月を指差し、口を開く。
やはりデイダラは俺を凝視し暫くしてから頷いた。
俺は金に輝く髪に手を伸ばしゆっくりと指を絡める。
傷みを知らない髪はサラリとした感触と傷付くことを恐れるかのようにするりと指の間から逃げるように離れていき、なんとも儚げな印象が焼きつく。
ふとデイダラを見れば、気持ち良さそうに目を細め、満月を見上げていた。






――――…耳が…聞こえない?




いつかの自分の声色が反復し、少し核の辺りがざわついた。
そしてその声をきっかけにあの日の出来事が頭にちらつく。



言い渡された任務が手間取ると、長期に渡り任務遂行となってしまう事がある。
俺の身体は生身ではないからどれだけ任務が長引こうと関係無いし、相方であるデイダラの方もどんなに長く、重い任務でもケロッとこなし、特に体調を崩すことなく生活していた。
デイダラとコンビを組んで10年、奴が長期任務で倒れるなど今まで一度も無かったのだ。
しかし、ついこの間に任された長期任務直後に、奴は倒れた。普通の生身でもあり得ない程の高熱に苛まれ、デイダラの状態を見た小南も難を示した。『今までこんな状態の人間は見たことが無い。』と。


このまま高熱が引かなければ命は無い、という信じられないギリギリの状態が三日三晩続き、デイダラは混沌と眠り続けた。
目を醒ましたのは熱で倒れた4日後のことで、奴の生命力に少し驚かされた。


しかし、その原因不明の高熱から解放されたデイダラには聴力という五感の一部を亡くしていた。
最初は一時的なものかと思っていたが、小南曰く、もう二度と聞こえる事は無いらしい。
亡くしたのは聴力だけであって、他の機能はそのまま、今までのままだった。
しかし、聞こえなくなったデイダラは声を出すことを自ら手放してしまい、俺は奴の声を聞くことも、この声が奴に届くことも、二度と叶わなくなってしまったのだ。




『もうすぐ夏だな』



デイダラの髪が風で揺れるのを見て、俺がそう言えば奴は微笑んで頷く。
何故、デイダラは声を出すことを辞めたのか、俺には分からない。
だが、それでも奴が生きていてくれて良かったと思う俺は、甘いのだろうか。




聴こえなくなってからのデイダラは口元を凝視し、唇の形で言葉を理解しコミュニケーションを取ろうとした。
最初から聞こえなかったわけでは無いから相手が何を言っているのかおのずと分かるらしく、それなりに会話は成り立っていた。
だから先程のように俺を凝視し言葉を理解してから自分の気持ちを動きで伝えるのだ。




夏の風が、木の葉を揺らす。
さわさわと柔らかな音が眠る深夜の空気にしんと伝わった。
一瞬を美とする奴からすれば、この音さえも自分の芸術の一部だといつしか話をしていた気がする。
聴力が無くなってしまった奴にとって、少なくとも【聴こえる芸術】は亡くなってしまったのだ。
同じ芸術家として、どういう形であれ、自分の信じる感じる芸術を亡くしてしまうのは辛い。
しかし同情などしない、それは奴の自尊心を傷付けるだけだ。


それが解っているから俺は何も言わない。
ただデイダラの側に居て奴の代わりに全ての音を聴くのだ。そして自分が知る詞でそれを伝える。
出来るだけ正確に明確に。
音を伝えると奴は微笑んで頷き紺碧の瞳が嬉しそうに揺れた。
その瞳がなんだか儚く、今にも消えてしまいそうな感覚を呼び起こし抱き締めたくなる。
傷付けるだけなら、届かないならばと棄てたハズの感情は自分の中にうっすらと戻りつつあり、自覚もしていた。



袖口を引っ張られて見れば、デイダラは眠そうな表情で右手で目をこすっていた。
俺はフ、と微笑むと奴の手を引いてベッドまで導いてやる。
聴力を亡くし、平行感覚が衰えたようでデイダラはフラりとした足取りでベッドまで歩いた。
奴をベッドまで導くとそのまま横たえさせてその側で俺も腰かける。
左目を覆う前髪を優しく払い、目の下辺りを撫でるとビク、と肩が強張った。
俺はその様子にクツクツ笑い撫で続ける。
闇の中で見えた奴の瞳が揺れていた。



『おやすみ』



ギシ、とベッドのスプリングを鳴らし、体勢を低くして奴の額にキスを落とした。
デイダラは微かに頷くと闇の中で手を伸ばし、俺の髪を震える手でキュ、と握り締めた。




亡くしたモノ





亡くして見つけたものがあります
見棄てないで
まだ、ここにいたい






全ての音が無に帰したのなら
代わりに全ての音を聴いて
あらんかぎりの詞で表情で伝えたい

見棄てない。なにがあろうと



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