任務の帰りにたまたま見つけた青々とした草原を、休憩がてらに行きたい、と言い出したのはオイラだった。
いつもなら冷たく『帰って傀儡の手入れをさせろ』と鋭く睨まれ咎められるのだが、今日は珍しく了承してくれた。
了承を貰い、早速草原に足を踏み入れたオイラは青々とした草の上に寝転ぶ。
後ろから旦那、正確にはヒルコもついてくる気配があったが構わず空を見上げた。
『綺麗だな、うん』
空の蒼さに目を細め、口角が自然と上がる。
最近は人柱力の情報集めしか任務は回ってこず、自分の芸術を披露する機会が無かった為鬱憤が溜まりに溜まっていたのだ。
暫くぼぅっと空を見上げる。
暁に入ってから空を見ることはほとんど無かったせいか、空の蒼さに圧巻された。
『綺麗だな』
ふ、と頭上から掛かる声。
いつもの低くくぐもった声ではなく落ち着いた声がデイダラにかかった為、僅かに目を見開いた。
そして寝転んだまま首を横にすると紅い髪と白く精悍な横顔が見えた。
『珍しいな、あんたが本体なんてよ、うん』
紅い髪が風に舞い、綺麗だと素直に思った。
『たまには風に当たりたい時もあんだよ』
視線をそのままにヒルコから出た旦那は言葉を紡ぐ。
感覚を亡くした人形である旦那が果たして風を感じる事が出来るのかは疑問だが、余計な事は言わない事にした。
その会話を最後に、沈黙が訪れた。
ざぁ、と草花がなびく音が時折耳に届く。
『旦那』
『あ?』
『居なくなるなよ、うん』
オイラの唐突な言葉に、旦那は一瞬間を置いて鼻で笑った
『俺の芸術理論はてめぇが一番良く知ってるだろ。』
旦那は馬鹿にしたような口調でオイラに言う。
たしかに、旦那とツーマンセルを組んで、もう10年だ
『あぁ、知ってるぜ、うん。自信識過剰な弱点があることもよ』
悪態を含ませて返せば予想通りに眉間に皺が寄った。
旦那はオイラの事を子供だ、とか餓鬼だ、なんて言うが旦那も大概だと思う。
要はどっちもどっちだ。
『てめぇこそ雷遁使われたら使えねぇ粘土遊びのくせして』
これまた予想通りの悪態返しにカチンときかけたが、折角の空と草原だ。
オイラは唸っただけで特に反論はしなかった。
そこからはいつもと変わらない沈黙。
旦那と長々と話す事はお互いの芸術論を語り合う時ぐらいだ
オイラはふ、と昔を思い出し、旦那の視界に入るよう左の小指を立てると旦那は僅かに眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を見せた。
『…何のつもりだ』
『ほら、旦那は知らねぇか?指切りげんまん』
なんとなく、
本当になんとなく、に思い出した行動だった
里にいた頃、何かしら約束をするたび【指切りげんまん】をしていたのだ。
学校が終わった放課後に遊ぶ約束にしろ、悪さをしてジジイに叱られもうしない、と約束した時にも
だから何だ、と言いたげな冷徹な視線を受けながら
オイラは小指を立て揺らす。
『居なくならない、約束』
『は?』
ほら、約束しろよ、うん。と言えば旦那は腑に落ちない表情で小指を立てた。
微かにカチャリ、と言った旦那の腕は無視した
『ゆーびきーりげーんまん』
オイラの小指と旦那の小指が絡む。
オイラだけが体温を持っているハズなのに
絡む小指からは二人分の熱を感じた気がした。
【嘘ついたら】
『はーりせーんぼーんのーます』
『俺は別にどうにもならないが、お前は針千本飲めないだろ』
今まで黙々と小指を揺らしていた旦那がふ、と言葉を紡ぐ。
全くこのオヤジはどうして何でも本気でやろうとするのか
『なんでそう現実的なんだよ、気持ちだろ、気持ち、うん』
オイラはため息をついて歌の文句を続ける。
旦那は何かを思い出しているのか、オイラと絡む小指をじぃ、と見詰めていた。微動だにしない旦那を見ていると、本気で人形の様で若干恐かった
歌が終わり、指はほどける。
これで、約束は交わされたのだ
『約束だぜ、うん』
オイラはそう言って旦那に笑いかけた。
この空の下で約束したのだ
破るつもりも忘れるつもりも毛頭ない
旦那だって、そうだろう?
『――――…あぁ』
珍しく口角の上がる旦那を見てからまた空を見上げる。
空はどこまでも青く、広くて綺麗だった
ゆびきりげんまん(守れる保証はどこにもない)
(だけど側に居たいんだ、うん)