白に近い桃色を携えた花弁が舞う。
両の手を精一杯伸ばし、舞う花弁に触れようと優しく包み込むように掴もうとするが器用に指と指の間からスルリと落ちてしまう。しかしそれでも諦めず何度も何度も空を掻いた。
そんな行動を暫し繰り返してから程よく筋肉のついた腕は重力に従い徐々に高さを落とす。音もなく落とした腕は黒い袖に隠れ指の付け根辺りが土に触れひんやりとした感覚が広がった。
大きな大きな桜の木の幹に背を預けデイダラは紺碧の目を枝葉に向ける。手から滑り落ちていった花弁の姿は当たり前になく、次々と新しい白桃色の花弁が目の前から通りすぎて行った。
花弁が落ちること、それは一瞬の出来事だが、多くの人に幻想と感嘆を呼ぶ。そんな桜をデイダラは一番に好きだった。
『なぁ、ひとつ聞いてくれるかい?うん』
花弁を写していた目は不意に地面を凝視し、綻ばせていた筈の口元をきゅ、と結ぶ。
この場所に居るのは桜とデイダラただ二人。桜はデイダラの言葉に返事をするかのように散らす花弁を増やした。
『旦那がオイラに言う言葉に色を付けたら、お前みたいな色なのかな、うん』
そう言ってデイダラは落とした視線を再び枝葉に向ける。青々とした緑の葉に負けじと幾つも咲き誇る桜の華。5枚で織り成される形と時や風がたてば緩く簡単に落ちてゆく花びら。
ひらひらと舞う花弁はどれも息を飲むほどグラデーションした白と桃色だ。
ひとつの季節しか咲かない華の色をデイダラは自分に向けて発せられた言葉と繋げてしまう。ただ、繋げたとしてもその心は苦い笑みを称えるだけだった。
――――…俺はお前が好きだ。愛している。
10年間、ずっと組んできた相方であるサソリに言われた言葉。言われた時、別段驚きはしなかった。鈍感だ、と仲間内で言われる類いに入るデイダラだったが、サソリの視線が徐々に変化してきていた事に気付いていない訳では無かった。
無論、その視線の意味もなんとなく理解はしていた。
ただ、言われた時の返答にひたすらに困惑した。里を抜ける前はこんな感情もあったのかも知れない、とおぼろげに思い出した様な気がするが今のデイダラには全く無い感情だった。いや正確には分からなかった。
里を抜けてからは追われる身となりいつ襲われ殺されるか分からない毎日、いつ襲撃にあっても良い様に夜でも警戒は怠らなかった。暁に入れば入ったで任務にひたすら打ち込む日々。
そんなデイダラが10年という歳月で得た至極の感情は己の創作と自分の芸術で相手の血溜まりや断末魔を聞くことだった。
『知らない訳じゃあ無いんだ、うん』
でも、忘れちまった。そんな感情を
そう言って枝葉を見る目はどこか切なげで無機質だった。
言われた言葉の意味は分かる。どういう感情なのかも知っている。ただそれは知識の上なだけであって心から誰かを愛する、好きになるということがデイダラには分からなかった。
感情を捨てたはずのサソリがそんな色濃い感情を持っている事にデイダラは純粋に不思議だった。別に咎めるつもりは無いのだが、何故そんな感情を持ったのか。そして何故、感情の対象が自分なのか
見上げると、デイダラに背を預けられている桜の樹は相も変わらず花弁を落とし、金に染まった髪の上を通りすぎ時には触れるよう滑り降りていった。芸術的で儚いその光景に自然と頬は緩む。そして花弁の色を見つめる度、サソリの声が反覆するのだった。
――――…お前が好きだ。お前しか見えない
そう言ったサソリの持つ感情に答えられるだけの言葉を、感情を、デイダラは持っていなかった。勿論、サソリの事は好きか嫌いかと問われれば好きだった。芸術的に紅い髪も濃い赤黄色の目も。そして自分と真逆の芸術観点から創造される作品達も。
『でも、オイラの好き、は旦那の言う愛してるとは違うんだよな?うん。』
桜に語りかけるデイダラの声は酷く落ち着いていた。
今まで、分からない事はほぼ全てサソリから教わっていたが、こればかりはサソリに聞くわけもいかず独り考えこんでいた。しかし答えなど出るはずもなく、想いを告げられる度に苦笑いを浮かべ何も言えなくなった。
『好きって、何?愛してるって、何?』
まるで子供が親に『あれは何?』と問いかける様にデイダラは桜に問いかける。桜の樹は何も言わずただ華を散らすのみだった。デイダラは再び腕を上げて掌を上に向ける。そこでじっと待てば無数の花弁の1つが掌にフワリと落ちてきた。
『オイラは旦那の事、好きだ。でも、愛してるのとは何かが違うんだよな、うん』
デイダラは自分がサソリを思う気持ちとサソリが自分を想う気持ちは違うと分かっていた。だけど知らない、分からない気持ちを理解しようとするには余りにも経験が足りなかった。
愛される経験が
もうすぐ任務の時間だ、と太陽の位置を見てデイダラは考えた。1度アジトへ帰り粘土のストックの確認やサソリとの連携を確認しなければならない。
ふぅ、と息ついたデイダラはゆっくり腰を上げた。
『今は分からない、うん』
紺碧の瞳が捉えるは無数の幻想的な花弁。角度と太陽の光の反射具合で咲いている時とまた違った雰囲気を魅せる桜の樹を見上げデイダラは笑った。そしてまた両の手を広げ精一杯に伸ばし、花弁を掴もうとするが花弁は逃げるように傷付かぬ様に指の隙間からすり抜けていった。
『でもいつか、分かれば良いな、うん』
そう言って目を閉じると紅い髪が浮かぶ。それと同時に、遠くの方から自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして目を開ける。目の前に広がるのはただただ己の命を精一杯広げ落ちていく淡い恋色の華だった。
桜華(ゆらゆら舞う花弁達は)
(分からぬ感情の色を称えていた)