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※平安パロ←史実にそぐわない表現があるかもしれないので、鵜呑みにはしないでくださいね


そのとき確かに僕は笛を吹いていた。


さらさら流れる小さな河と周りで遊ぶ子供達。そんな景色のなか、僕は笛を吹いた。誰かに聞かせるでもなく、高みを目指しているわけでも無い。いつの間にか、やってきた黄色い鳥と戯れながら。静かな曲、激しい曲・・・様々だ。度々、身分の高い人間が僕を屋敷へ呼び寄せて演奏させ、上辺だけのお世辞と、金を寄越すけど。実際そんなことはどうだって良い。僕は毎日独りだった。だけど、その日は違った。僕から2、3メートル離れたところに身なりの良い男が座っていた。日本人には珍しい藍色の髪と蒼い目、右目は朱だった。風にその長い髪が揺れる様子は様になっている。僕がひき終えれば、彼は立ち上がりこちらに会釈して立ち去った。何を言うわけでも無い。次の日も、また次の日も、彼はやってきて同じように帰って行った。僕はその日から何日かたったとき、いつものように立ち去ろうとした彼を呼び止めた。


「ねぇ、待ちなよ。」
「え、あ、はい。何でしょう。」
「なんで君はいつもここにいるんだい?」


最近感じた疑問。


「ただ・・・僕は君の演奏が聴きたかった。それだけです。」
「ふぅん・・・気に入ったよ。」
「そうですか、それは良かった。これから何か用事はおありですか?」
「無いよ。」
「では、僕の屋敷へきませんか?酒でも振る舞いますよ。」
「行く。」


何故だかいかなければならない気がした。小さい頃に見知らぬ人についていってはいけないと教わったけれど。

彼は六道骸といって大きな荘園を持つ、貴族の息子らしい。本当ならば、見ることさえ出来ないような、帝の側近中の側近だ。


「まぁ、跡取りといっても、僕は嫌われてますから。父上にも、母上にも。」
「そう。」


少しだけ切なげな顔をした骸に、僕は深く聞くことはしなかった。


「あ、ここです。僕の住まいは離れなので、畏まらなくてもいいですよ。使用人は三人しかいませんし。」


説明しながら彼は扉を開けてくれた。と、使用人らしき女が酒を持ってきた。


「骸様、そちらは?」
「彼は雲雀恭弥君。散歩中に会ったので連れて来ました。恭弥君、この娘は凪です。」
「うん。」
「よろしくお願いいたします、恭弥様。こちらは、お酒になります。お二人ともごゆっくり。」


凪が去っていくと骸が酒を注いでくれた。


「美味しい。」
「良かったです。あの・・・相談なのですが・・・毎日笛の音を聴かせて貰えませんか?」
「・・・良いよ。」


「ただ、聴きたかっただけ。」そう語った骸の、お世辞を取り払った率直な想いが好きな気がした。それから僕は来る日も来る日も、彼のもとを訪れ笛を吹いた。何を目指しているかわからないその演奏達が感想を絶対に語らない彼のために弾くという明確なものへと変化していった。


「ねぇ、そろそろ感想くらい聞かせなよ。」
「・・・はい。目を閉じれば、山の情景が目に浮かびます。川のせせらぎと小鳥の囀り、そして夜が来る。僕の胸にすぅっと入っていって、渇ききったこの心に潤いをあたえるような・・・そんな感じがしました。」


ここまで的確に情景を理解してくれる人間に会ったのは初めてだった。僕の音楽を心から理解してくれるのは彼しかいないのだと、実感した。彼のための指。彼のための口。彼のための笛。すべては彼のためのモノになってしまった。どんどんと心の中の彼の存在が大きくなっていく。


「恭弥。」
「何?・・・!」


初めて会ってから何日も何ヶ月もたったある日。また僕らはあの河にいた。唇に触れた何かが彼の唇と気づいたのは数秒絶ってからのことだ。心臓が破裂するような勢いでドクリドクリと脈打った。彼は真剣な顔をしている。訪れた沈黙に、僕はこの心臓の音が彼に聞こえないように祈った。


「すみません。だが、僕は一つだけ君に言っておきたいのです。」


彼は僕の耳元で「 」と囁いた。


「むく、ろ」
「ご、ごめんなさい。でも言っておきたかったんです。」


そのときの彼は酷くはかなげで消えてしまいそうだった。次の日僕は骸の屋敷へと向かった。


「きょ、恭弥様!は、早く!骸様がぁっ!!」


凪が慌てて駆け寄ってきた。手を引かれて、骸の部屋へ到着するとそこには苦しそうに息をする彼がいた。


「骸っ!」
「きょ、や・・・く、どうやら、劇薬、を・・・っゴホッ」


誰かに毒を盛られたらしい。


「き、君の・・・ふ、え・・・聴かせ「わかったから喋らないで!」


僕は長年使ってきた笛を取り出すと口に当てた。彼が無事に生きられますようにと祈る気持ちで吹いた。

骸は両親に殺されたに違いない。前に彼は嫌われている理由を、日本人にはありえない蒼い目と朱い目、そして藍色の髪が原因だと言っていた。後に聞いた話では弟が生まれたらしい。


「き、れい・・・だ。笛も、君、も・・・。あ、りが・・・と・・・・・・う。」


そう言って彼は微笑みながら逝った。僕の涙がぽたりぽたりと、まだ暖かい彼の頬に落ちた。前日、彼はきっと死ぬことを予知していたんだろう。でも僕は「あいしてる」に返事をしてあげられなかった。


「む、くろ・・・っ」


後悔ばかりが心の中に沸き上がる。


「言っただろ・・・っ、待つって。骸・・・っ!まだ返事言ってない・・・のに!何で勝手に死んだの!?ねぇ、早く目を開けなよ!!!!ねぇってば!」


僕は彼の遺体に縋って泣いた。涙はいくら畳を殴っても止まってはくれなかった。


「す、き・・・だった、んだよ・・・っ!?ふふ、りょうおもい・・・っ、だね。」


彼の唇にちゅとキスをした。顔を離してふと目に入ったのは笛だった。無性に腹が立つ。


「こんな、もの・・・っ!!!!」


僕はそれを折って放り捨てた。


「この笛は君のためのものなんだ!理解してくれるのも君だ。だから、だから・・・君がいないと意味がないじゃないか!!!」


あの日確かに僕は笛を吹いていた。


たった一人のために、笛を。


それから僕が、その音色を奏でることは二度となかった。



…END

雲雀笛を鼓し、六道之を聴く。(題名の書き下し文)
あまりにも骸雲更新しないから再録。

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