時に現実とは無慈悲なもの
(そろそろ、か…)

うまそうにポトフを食うギィを傍目になんとなく、そう思った。ここへ来た時は前触れなんて何もなくて突然だったから、戻るときもある日突然、なんてことになるんじゃないかと思っていたからちょっと拍子抜けだ。元の世界に戻るきっかけは、突然現われたギィにあるとみて間違いないだろう。その証拠にさっきからざわざわと自分の中の血が騒ぎ立てている。まるでここに居てはいけないとでも言うように。だけど。

「マシュー?」

不安そうに俺の名前を呼ぶこいつを一人残しておくのも心残りだ。ここは俺たちが元居た世界とは違うから滅多に危険な目になんてあわないってこいつは言ってたけど、万が一ってこともある。俺はまた、誰かを失うのか?大丈夫だと笑う、その笑顔を信じて。その言葉を信じて。手の届かないところに行ってしまってから後悔したって遅い。それはもう、嫌というほど分かっているはずなのに。かといって、俺たちの世界に連れて行っていいはずもない。ここにはこいつの家族や友達がいる。大切な人間をすべて切り捨てて俺が守るからって、どんな理由があったって連れていけるわけがない。

(レイラの代わりに今度はこいつを守るって?そんなの、)

馬鹿げてる。そんなことしたってレイラが戻ってくるわけじゃない。本当に、馬鹿馬鹿しい。
復讐。レイラを殺した奴らは全員、俺がこの手で。それは、レイラを失った俺があの世界で生きていく理由だった。でもこの世界では、違う。

「……、」

名前を呼ぼうとして、止めた。俺にその資格はない。戯れに触れることはあっても俺は今までこいつの名を呼んだ事はない。ここは平和だからなんとも思わないが、元の世界に戻ったら、この手は汚い血に塗れているのだと改めて実感することになるだろう。そんな俺にこいつの名を呼ぶことは憚られた。呼んでしまえば、越えてはならない一線を越えてしまいそうな気がして。どうにか保てているこの距離感を別れ間際になって壊したくはない。

「おい、ギィ。お前どうやってここへ来たんだ?」

俺が静かに訊ねれば、ギィは一瞬動きを止めてポトフの入った器を置いた。訊かなければ、俺はこの世界に留まることができるのかもしれない。そんな考えが頭を過ぎったが、ここは俺の居ていい場所じゃないと自分に言い聞かせる。さぁ、言え。そして俺をもう一度連れて行ってくれ。俺たちが生きていた世界へ、レイラが居た世界へ。





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