雨色ラプソディー
野山に咲く植物は、見た目にはそう変わったものはないんだなぁと感心しながら歩いているのがまずかった。

「やば…迷った、かも?」

この世界に来てからほぼ初めての仕事だったのでつい張り切りすぎた名前は、いつの間にか仲間とはぐれてしまっていた。迷子になった、と実感した瞬間妙に気持ちが焦り足元をよく確認せずに歩いていたのも災いした。

「わ、」

足場が悪いとは思ってなかった名前は、落ち葉を踏み抜いた感触に思わず身を縮こまらせる。

「危ないっ!」

地面と激突するのを防いだのは、ロナンが咄嗟に名前を抱き寄せたからだった。

「大丈夫ですか?」 

「…しぬかと思った…」

もちろんすっ転んだだけでそう簡単に死んだりはしないのだろうが、現代っ子の名前からすれば未知の領域である。戦闘に駆り出されることはないのでそこまで命の危機を感じたことはないが、今の一瞬でアドレナリンが急上昇したようだった。

「山を甘くみては駄目ですよ」

名前が落ち着くのを待ってそう諭すロナンは、言葉こそ厳しいものの声はとても優しい。山の中を先々行ってはぐれてしまったことも、足元への注意が疎かになってしまったことも名前に落ち度がある。その両方を反省してしょんぼりしたが、ロナンの優しさのお陰で名前も素直に忠告を聞くことができた。

「本当それね…」

役に立ちたいのに足を引っ張ってどうする、とがっくりしていた名前だったが辺りの空気が急に寒くなったように感じて顔をあげる。

「さっきまでお日様が見えてたのに…」

「雨が降りそうですね。山の天気は変わりやすいですから、雨宿りできる場所を探した方がいいかもしれません」

ロナンの心配した通りで、その後いくらもたたないうちに雨が降り出した。やがて土砂降りになるのだが、そうなる前に簡単に雨が凌げる場所を確保し乾いた木材で焚き火まで熾したロナンに名前はすっかり感心していた。

「すごいサバイバル力だ…」
両手を温める炎でを眺めながら名前ぼんやり呟いた。

「本当みんなすごいな…なんで、」

どうして何もできない自分がこんなところにいるんだろう。名前はなんとなく自分の存在意義を考えてそう口にしてしまっていた。ほとんど無意識、意図はない。だが、その場にいたロナンは違った。この世界には名だたる英雄が数多く存在する。自分なんかより、他の素晴らしい英雄たちの方が頼りになるし、安心できたのではないか。ロナンの心の中に鬱屈した黒い塊が首をもたげてくるが、目をぎゅっと瞑って頭を振り払拭する。

「あ、ごめん。寒いよね?上着返すよ?」

その仕草を寒いのだと勘違いした名前はロナンが貸してくれていた上着を返そうとする。山歩きに慣れているロナンは、雨が降ってきた時自然に雨にあたりにくい木の下などを通っていた。もちろん名前もロナンの後ろをついて歩くが、何故か雨に打たれた量が全然違うのだ。焚き火を熾す前に、名前が寒さで凍えないように、とロナンが自らの上着を差し出していた。 

「いえ…ぼくは大丈夫です。名前さんが風邪を引くといけませんから」

とても柔らかい表情でそんな風に言われてときめかない人間がいるだろうか。いや、いない。吊橋効果的なものもあるかもしれないけれど、この優しさは本物であり、彼の真心だ。名前は一人心の中でノリツッコミの嵐を巻き起こしながらロナンの上着で顔をほとんど隠しながら呟いた。

「あ、ありがとう…」

意識すると余計に緊張してドキドキと心臓がうるさくなったが、雨の音でうまく掻き消されている、と信じることにした。


END


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