恋の試乗運転、始めませんか?
ルフレに貸してもらった戦術書を読むのに疲れたので気分転換に少し体を動かそう、と部屋から出たのがそもそもの間違いだったに違いない。後になればそう思うのだが、この時のエクラはそんなことは露ほどにも思っていなかった。

「あれ、エクラじゃん。やほー」

軽いノリで声を掛けてきたのは名前だった。エクラもそれに手をあげて返す。

「おう。一人か?」

「うん。だいぶ道覚えたよ」

名前が筋金入りの方向音痴なことを知っているエクラは迷子になるのでは、と心配していたが本人は不安に思っていないらしい。少し歩きながら他愛無い雑談をしていたのだが、名前が突然立ち止まり信じられないものでも見たかのように目を見開いている。

「え…待ってエクラ。エクラ待ってちょっと待って」

「なんだよさっきから何もせず待ってるだろ」

興奮しているのは上擦った声でよく分かる、が、一体何を見たというのか。

「いまそこにすごい私好みの子がいたんだけど!?」

そんなことかい!と、盛大にツッコミたかったエクラだが、十中八九くだらないことだろうな、とは想像していたのであえてツッコミはしない。

「そこ…?あぁ、リンハルトか」

「リンハルトくん!?それが彼のお名前!?響きからして素敵だけど!?」

「落ち着けっ!でもまぁお前の好みってのはあってるかもな」

「だよね!ちょっと声掛けてこよっ」

と、言うが早いか名前はリンハルトの元まで小走りで駆けて行き。

「リンハルトくん!お姉さんと結婚しよう!」

バーン!と効果音がつきそうな勢いでそう宣った。

「ちょっと待ていきなり何もかも吹っ飛ばしすぎだろ!」

これにはさすがのエクラも突っ込まざるを得ない。突然声を掛けられたリンハルトもドン引きである。

「は?え、何ですかいきなり…」

「はぁ…敬語キャラ萌え…」 

しかし名前の脳みそはすでに恋する乙女モード全開でリンハルトの発する全てが素敵フィルターがかって見えている。

「大丈夫、君ひとり余裕で養っていけるようにお姉さん頑張るから」

「ええ…、お前無職じゃん。無理だろ…」

ボソッと呟く程度の本音がエクラの口から溢れたが、名前は少しも意に介さない。

「だってほら!私ってば召喚師でもない、英雄でもないのに召喚されてる超絶稀有な人間なわけだし!そういうのリンハルトくん気になる感じじゃない?」

「…僕が好きなのは紋章学ですけど」

まったくの拒否、というわけではない反応のリンハルトに今度はエクラがドン引きだ。ええ?止めとけよお前…本当に結婚するしかなくなるぐらい執着されるぞ?ぐらいには思っている。

「紋章学ね!OKわかった紋章ね!紋章さえあればいいわけね、じゃ、また来るわ!」

リンハルトの言う紋章、紋章学が何なのか恐らくほとんど理解してない名前だが、一人で何かを納得して突風のように去っていった。

「…で、あの人は一体誰なんですか?」

この場において至極真っ当な疑問を口にしたリンハルトだったが、これ以上巻き込まれたくないエクラはただ首を振ってリンハルトの肩をポン、と叩いてぐったりと歩いていった。

END


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