海よりもなお、

不覚にも、綺麗だなぁと思ってしまった。キラキラと輝く朝陽に反射した金髪も、透明感のある、けれど海のように深い紺碧の瞳も。ただ一点、彼が泣いていたという点を除けば完璧な一枚の絵画のような美しさだった。いや、むしろ涙がその美しさを倍増させているのかもしれない。
だとしても。

(気まずいわぁ…)

それがいま、彼女の全てを支配している感情だ。絵画のごとく美しい人物に巡り会えたとは言え、同じ軍に所属する仲間である。特に親しいわけでもない、しかも異性の涙を見たとあっては気まずい以外の何物でもない。

「あ、お前…」

彼女がもだもだしながら歩いていたものだから、周囲が疎かになっていけない。前方から掛けられた声にふと顔をあげると、例の人物。気まずさの元凶である。

(げっ!)

気まずい、という思いが全面に出てしまわないよう意識したためか不自然に全身が固まる。そして相手もそれを感じ取ったのかバツが悪そうに頭をかいた。

「あ、あのさ…この前は」

そうして口火を切った彼の声に被さるように、彼女は声をあげた。

「先日はどうもすみません!」

「は?」

先手を取られた男は、呆気にとられたように頭を下げた彼女を見つめる。それでも、彼女の話を聞く態勢に入ったのかそれ以上口を出さない。
とはいえ、唐突に謝罪した後で次の展開を考えていなかった彼女は目まぐるしく頭を働かせながら口を開いた。

「いえ、あの…あまりに綺麗だなぁと思って…」

綺麗だと、そう感じたのは事実だった。完成された芸術作品のような美しさがあって、声をかけられなかったのだから。

「あぁ。たしかに綺麗な海だったな」

しかし、彼の方はそう受け取らなかったようだ。いやいや海の話じゃないぞ、と内心突っ込みつつも切なげな表情に気を取られて反論できない。

「俺も妹もさ、孤児院育ちなんだ。母親は海賊だったらしい。それで…ってわけでもないんだが、海を見ると色々思うところがな」

男は言いながら、母親を想って泣いていたって言うのは格好悪いなと少し情けなくなった。

「まだガキだなぁ俺も」

傭兵然とした風貌ではあるが、金髪碧眼でまだ幼さが残る精悍な顔立ちの彼はそんな風な言葉を使っていてもどこか気品がある。だから彼女は思わず口を挟んだ。

「そんな、ことないです。そんな風に想っていることを口に出せるのってすごく難しい、と思うし…」

言い始めてすぐ、海のような碧眼に見つめられて息が詰まった。視線を泳がせながら、ええい言ってしまえと覚悟を決める。

「それに私…あなたはとても、美しいと、思います…」

美しい、なんて普段めったに口にすることのない言葉。音にしてみて改めて、顔から火が出そうな勢いで恥ずかしさが込み上げる。

「は!?な、お前何を急に…」

言われた方も当然、何だいきなりと狼狽える。が、それを口にした彼女の方が顔を真っ赤にさせているものだから少し冷静さを取り戻す。

「あー…ありがと、な」

あまり自分の容姿を褒められたことはないが、それでも彼女がお世辞で言っているわけではないことぐらい分かる。そういったことを言い慣れているわけでも、誰にでもは言わないだろうことも。
だからといって、どこぞの風の勇者よろしく君の方が可愛い、なんて言えるはずもなく。

「じゃあな」

彼女の頭をポンポン、と軽く撫でて退散する。これぐらいなら孤児院にいた年下の子たちにもしていたし…と思っていたが、それとはどうも勝手が違うようだ。離れがたいような妙な感覚に襲われつつも、これ以上この場にいると醜態を晒しそうで彼女の顔を見ることもなく立ち去った。

「…なんて破壊力…」

だから、両手を地に着いてそんなことを呟いている彼女のことは目に入らなかった。


END


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