結論から言うと、アイクさんはその日夕食の時間に現れなかった。片付けをしている時に恐ろしい形相をしたセネリオさんに呼び出しをくらいお叱りを受けておまけに責任とって夜食を作れという指令までいただいた。全然嬉しくないおまけだ。
とりあえず簡単に食べれるもの…献立の名前は分からないけれど、私が異世界カレーと勝手に呼んでいる食べ物にしよう。カレー粉みたいな便利調味料はないんだけど、なにに入れても美味しくなる万能調味料があるので味付けはそれで決まり。本当はサンドウィッチとかが食器もいらないからいいんだけど、アイクさんは肉をがっつり食べるイメージが強い。いつの時代もがっつり男子はパンよりご飯だ。
「お疲れ様です…」
こそっとぽそっと訪ねたのはアイクさんが待機しているという場所だった。セネリオさんが教えてくれなければ絶対分からなかっただろうなぁ。
「ああ、あんたか。どうした」
「いえ、食事の時にお知らせできなくてすみません…それで、あの、夜食作ってきたので良かったらどうかなと思って」
「あんたが作ったのか」
「え?あ、はい。お口にあえばいいんですけど…」
やっぱりというかアイクさんは怒ってなくて普通に接してくれる。差し出したお皿を受け取ってガツガツ食べてくれる姿は作った人間としてもありがたいし、見ていて気持ちいいなと思う。
「ん、うまかったぞ。ありがとう」
「あ、はい。どうも…」
というか食べるの早いな。あとはそれとなくここを立ち去るタイミングを見計らって実行するだけだ。
「そしたら私、」
「なぁ、」
「は、はい?」
あ、失敗した。
「あんた、体はもう大丈夫なのか」
「へ?体…?」
「そうだ。この前本拠地が夜襲された時に怪我をしたんだろ?それはもういいのか?」
その時のことか。腕の怪我ならもうすっかり治っているし問題はない。痛みも何もないから何のことかと思った。
「あ、はい。それはもう大丈夫です、けど…?」
あの時負傷したのは当然私だけではないはず。何か引っかかることでもあった、かな。
「夜、魘されてると聞いた。ちゃんと眠れてるのか」
「…えっと、」
どうしてそんなことを知っているのかとか、随分グイグイ聞いてくるな、とか。色々思うことはあったのだけれど、何とも答えにくい質問だ。
「ミストから聞いた。聞いてもはぐらかすんだってな。俺は…あんたが心配だ」
逃げられない。この人のこの目からは逃れることは叶わない。いまこの場から立ち去れたとしても、また同じ場面に遭遇するだけだ。
「あんたは、エクラとは違う事情でここにいると聞いた。それがどういうことか俺には分からん。だが、あんたを一人にしたくないとは思っている」
アイクさんの言葉が頭の中をぐるぐると回る。それはつまりどういうことか。
「…俺は、そうだな。口でうまく言うのは苦手だ。あんたが考えてるような難しいこともよく分からん。だからはっきり言うが、俺はあんたが好きだ」
好き、というその言葉を聞いて一瞬で身体中の温度が上がった気がする。けれどどこか心の片隅ではそんなハズない、と否定している。手放しで喜べない、そこはかとない不安がある。
「それは、そんな…なんで、」
「なんで?好きに理由なんてないだろ」
「いや、でもその」
きっかけとか何か兆候があっても良さそうじゃない!?
「っ!?」
「やっぱり言葉であんたを納得させるのは難しいな。これで伝わるか?」
いやいやいや、いきなりハグとか頭おかしいんじゃない!?ああもう、心臓が爆発する…!
「俺はあんたを守りたい。あんたが抱えてる全ての不安を俺に預けてくれないか」
あああ…もうダメだ。こんなド直球で言われたら惚れるしかない。
「わ、私の名前は名前ですっ」
「ああ、知ってるぞ」
「…これからは、名前で呼んでください。でないと、本音は話せません」
「いいのか?」
「そりゃあ、こんな真っ直ぐに言われたら…好きになっちゃいます…」
「名前…ありがとう。名前、好きだ。結婚しよう」
「えっそれはまだ早いです!」
それはもうちょっと私の心臓が慣れてからにしてくれませんかね!さっきからときめきすぎて胸が痛いったらありゃしない。
END