「名前、元いた世界に帰るんだって」
そう話していた英雄たちは誰だっただろう。名前が元の世界に帰る。その事実だけが頭にこびりついて離れない。この国のため、言うなればこちらの都合だけで召喚したのだ。帰る方法がわかったら帰りたいと思うのが普通だろう。名前の世界には彼女の家族や友人がいて、自分たちの知らない彼女の生活がある。
だから、いつかこんな日が来るだろうことは分かっていたはずだった。それがこんなにも早く来るとは思わなかったけれど。
「あ、お兄様!今日は…って、どうしました?」
「シャロン…」
−−−−−−−−−−−
「名前さん!」
私の名前を叫ぶのはよくあることだけれど、いつものような弾む声音じゃないことに疑問を抱きつつ振り返る、と。
「え、どうしたのシャロ、ン!?」
いきなり肩を掴まれてものすごい勢いで揺さぶられた。ちょっと、私が一体何したっていうの。
「まずいことになってます…!」
「へ?」
「名前さんが元の世界に帰るっていうあの話がお兄様の耳に…」
「え゛、」
「私、誰にも話してませんよう!名前さんとのお話を誰かに聞かれていたのかもしれません!」
エイプリルフールだからと思って、シャロンについた嘘がそんなまさか、広まってる?それは、非常に。
「まずい、どころの騒ぎじゃないよね…」
「一番大変なのはお兄様です!名前さん、後のことは任せました!」
「はい?」
なんか、こんなパターン前にもどこかであったような。と、それを思い出すより先に。
「名前、君に話があるんだけど…」
えええ、どうしてそんな顔色悪いのアルフォンスってば…
「元の世界に帰るのかい」
あ、これはダメなやつだ。何も誤魔化さずに正直、素直に言った方がいい。
「いやいや、帰らないよ。帰る方法分からないし」
「え?」
「あ、あのね。私たちのいた世界で嘘をついてもいいっていう日があって、それでシャロンに私帰るから〜って話をしたらどういうわけか他の人にも話が広まってたみたいで…」
あれ、よく考えたらこれ軍規を乱すようなことになってた?もしかして。そうだとしたら謝ってすむ問題じゃない、かも。
「…嘘?帰らない?」
「そ、です、ね…」
あれ、おかしいな。アルフォンスが邪竜ルフレみたいな様相になってる気がする。どうか目の錯覚であってほしい。
「名前」
「はい…」
「君が元の世界に帰ると聞いて、僕がどんな気持ちになったか君は想像してみたことがあるかな。正直、心臓が潰れそうだったよ…」
アルフォンスの声が、顔がいつもと違う。この雰囲気は、私には耐えられなくていつもいつも逃げてきたやつだ。だけど、今回ばかりは逃げられなかった。
「君は帰らないと言った。でもいつまた逃げられるか分からないから、」
雰囲気にのまれていたのと、不意打ちだったのもあって腕を掴まれた、と思った時には遅かった。
「え、」
「君が好きなんだ。名前が隣にいる生活が当たり前になっていて…元の世界に帰る方法が分かっても君を帰してあげる自信がないよ」
直に聞こえる心臓の音がバクバクと音を立てているけれど、それは多分私も一緒だ。
「それは…そんな言い方は、ずるい…」
「すまない。でも、本心だからね。それに、君のついた嘘に比べればこれぐらい許してほしいと思うのは…僕の我儘かな」
わがままかどうかは分からないけれど、抱きしめられたまま額をこつんと突き合わせてそんなこと言われたらもうね。
「…しらない」
白旗あげて降伏するしかない気がする。
END