しあわせの風

あっ、と思った瞬間にはもう彼の腕の中に包まれていた。

「名前…君は本当に可愛い人だな」

背中に彼の腕を、耳元で彼の声を感じながら自分の両腕も同じように彼の背に回す。胸に顔を埋めながら呼吸すれば、清潔な香りと共に言い様のない幸福感に満たされる。

「セティ…」

意味を成さない言葉をむにゃむにゃと呟きつつ、彼の名前を口に乗せる。絶対的な安心感と幸福感。
わたしが甘えたいと思ったときに思う存分甘やかせてくれるのは、彼の優しさだ。普段はおおっぴらに甘えることなんてできないから、こんなときばかりは箍が外れてしまう。

「セティの匂いがする…」

「私の?」

「うん」

どんな匂いかと聞かれても表現が難しい。いろんな香りが混ざりあっていて、五感でもってわたしを充たすもののひとつだ、ということは自信をもって言えるのだけど。
そうしていると、何を思ったかセティが首筋に顔を埋めてきた。頬に、顎にあたる彼の髪がくすぐったい。でも、それ以上に甘えられているような気がしてますますいとおしくなる。

「名前も、名前の香りがする」

「えぇ?」

「優しくて暖かくて…ひだまりのようで離れがたい」

その言葉とともにぎゅっと抱き締められる力が強くなる。切なくて、苦しい。
もうすぐ、最後の戦いが始まる。きっと大丈夫、無事に帰ってきてくれる。そう信じてはいるけれど、帰ってこなかった仲間のことを思うと不安は拭えない。
そんなわたしの性格を分かっているからこそ、今こうして最大限に甘やかして安心させてくれているんだろう。

「私の大切な名前…愛しているよ」

「うん…わたしも」

だからわたしも、彼が憂えることなく出陣できるよう安心させてあげたい。

「待ってるから、この子が産まれてくるまでに帰ってきてね」

「あぁ、もちろんだ。君も、無理はしないように」

幸運を、と告げてわたしと、そしてお腹にも口付けてくれた。その後すぐ彼は旅立っていったけれど、優しく流れる風がいつもわたしたちを見守ってくれている気がした。



END


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