彼の幸福と受難

「あれっジョルジュ隊長じゃないですか!?お久しぶりです!」

パッと花が咲いたような笑顔を浮かべた名前は、とても可愛らしい。だからこそ、その笑顔を向けた先が自分でないことにモヤモヤするし、うっかり失念していた自分を思いっきり叱りつけたい気分だった。

「もう隊長、ではないがな。いい加減その癖は何とかならないのか」

「さぁ…でもあんまり、何とかするつもりもないんですけどねぇ」

楽しそうに話す二人の間に何となく入れない。名前は元々アカネイア弓騎士団に所属していたけれど、色々とあって今はアリティアにいる。名前と親しくなれたのだって、ジョルジュさんに師事していた経緯あってのことだっていうのに。

「ってか、ゴードンさん!知ってたならどうして教えてくれなかったんですか」

こちらに気がついた名前が開口一番、そんなことを言うから心の中がすうっと冷えていく。どうしてジョルジュさんのことを名前に教えなかったのか。そんなの、教えたくなかったからに決まってる。もちろん、そんなことを口にするわけにもいかないからつい、愛想笑いを浮かべてしまう。

「ごめん、つい言いそびれてて」

「…?珍しいですね、ゴードンさんが業務連絡抜かるなんて」

業務連絡。その言葉に違和感を覚えなかったといえば嘘になる。でもそんな些細なことを気にする余裕なんてあるはずもない。

「じゃあ、僕は武具庫の確認に行ってくるから」

ざわついた心を悟られたくなくて逃げ出すようにその場を後にする。
名前が他の誰と楽しそうに話をしているのが耐えられない、なんて格好悪すぎて自分が嫌になる。しかもその相手があのジョルジュさんなんて。敵う筈がないのに、あの人に惹かれるのは当然だと分かっているのに心ではうまく処理できなくて苦しい。

「ゴードンさん!」

追いかけてきただろう名前の声に肩が震える。ジョルジュさんより自分を選んでくれた。そのことは嬉しいのに、何とも言い表せない嫌な感情が胸の中でぐるぐると渦巻いていて複雑だった。

「…ゴードンさん?」

「ごめん、」

振り返らない僕を不振に思って覗き込んできた名前から顔を逸らす。酷い顔をしていそうで見られたくない。

「…どうしたんですか」

名前が心配してくれている。声だけでそれが分かるほど、焦がれているのに。

「ゴードンさん、」

名前の手が、触れる。
反射的にパッと弾けとんだのはきっと理性だ。

「名前…」

名前の手を掴んでそのまま抱き締める。このままこの腕の中に閉じ込めておけたらいいのに。そうすれば醜い嫉妬心に苛まれずに済むのに。

「えっ、ゴードンさん?…どうしました?」

「ごめん、もう少しだけ、このままで」

僕の気持ちの全部が全部君に伝わればいい。どんなに焦がれているか、どんなに苦しんでいるか、どんなに愛しく思っているか。
そしてどうか、今だけは僕だけの君でいてくれないか。




END


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