この光を君に、

父、クロードから受け継いだ聖杖の後継者となって以後、不思議なことが起こるようになった。声が、聴こえるのだ。
明確な言葉を発しているわけではないが、その声がどうしてほしいのかは、何となく分かる。助けを求める声に導かれるよう辿り着いたのは、山間の小さな村だった。



「いらない!放っといてって言ってるでしょ!?」

一軒の家の前で、甲高い少女の声が響く。その瞬間に、バルキリーの発する力が強くなる。どうやら彼女に引き寄せられたらしい。
扉の前で肩を落としていた女性が、その家から離れて行くところへ声をかける。

「すみません、あの、先程の家は一体…」

「なんだい、あんたは?」

「失礼しました。私の名はセティ。人々に祈りを捧げ旅をしている者です」

身分を明かしてしまえばきっと萎縮させる。だからあえて、本当のことは言わなかった。

「もうずっとあんな調子なんだ…食事もまともに摂れてないし、優しい昔のあの子を知ってるから、どうにかしてやれないかと思うんだけどね…」

名前を名前と言う少女は、先日両親を失った。生まれつき身体の弱い名前のために薬草を採ってこようと山に入り、そこで崖から落ちたらしい。村の者が見つけたときには、すでに数日が経っており、辺りに散らばる道具袋で名前の両親だと識別できたのだと。

「彼女…名前と会わせてもらえませんか、少し話をしてみたいのですが」

「それは…あたしたちは構わないけど、あの子が受け入れるかどうか…」

「場合によっては強行手段に出るかもしれませんが、彼女を傷付けるようなことはしません」

「…信じていいのかい?」

この女性も、村の人も、みんな名前を心配している。みんなに支えられている。バルキリーの淡い光がその事実を教えてくれる。

「えぇ、神に誓って」




先程のやりとりから時間は経っていない。彼女は恐らく、扉の前にいるのだろう。驚かせないよう、なるべくゆっくりと話しかける。

「名前…そこに、いるのだろう?君と話をしたいというものがいて、ここまで来たんだ。私の話を聞いてくれないか」

「……」

こちらを窺っている気配は読み取れるから、伝わってはいるのだろう。

「私の名前はセティ。君の名前は、さっきここを訪ねていた女性に聞いた。この扉を、開けてくれないか」

言いながら、バルキリーを扉に触れさせて祈りを込める。淡い光が一瞬だけその輝きを増す。そして。

「…何なの」

重々しい音を経てて扉が開く。僅かな隙間からこちらを覗く彼女の姿が警戒しているのだと体現していた。バルキリーの輝きは絶えずに光を放っている。だが、彼女はそれを不審な目で見ているだけだった。

「バルキリーの声が、君には聞こえないのか…」

誰にでも聞こえるわけではないらしい。でも、この波動は…対話を求めている。声が聞こえないものに対話を求めるというのは、少し妙に思えた。何か、違和感がある。

「あ…そうか。これは、バルキリーじゃない。この杖を通して、君の両親の声が聞こえるんだ」

「父さんと、母さんが…?」

杖の先端に埋め込まれたオーブは先ほどからずっと淡い光で点滅を繰り返している。

「君に、生きてほしいと」

「…っ!わたしだって、生きててほしかったよ!なんでっ、なんでひとりにしたの!?なんでわたしだけが…」

バルキリーにすがるよう涙を流す名前は、ともすればこのまま崩れ落ちてしまいそうだった。

「名前…」

杖ごと彼女の身体を抱き締めて背中を擦る。

「君に声が聞こえないのなら、私が代わりに伝えよう。一人で立ち上がれないのなら、私が側で支えよう。そのままの君でいいんだ」

強張っていた身体から徐々に力が抜けていく。助けを求めていた声も治まり、いつの間にかオーブは色を落として沈黙していた。
これで安心して眠れると、そんな声が聞こえた気がした。



END


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