通りすがりに、ふと聞こえてしまった。
「トーマスさんはどうですか?最近あった、一番幸せだなぁって感じた瞬間あります?」
ノルンの声と、探していた彼の名前に思わず立ち止まる。武具庫の中で武器の整理でもしているのだろうか。彼にしては珍しいなと思いつつ耳を傾ける。盗み聞きとは人聞きが悪いが、気になる会話をする方が悪い、なんて言ってみる。
「そうですねぇ…最近、だと…名前とお付き合いし始めたことでしょうかねぇ」
「ちょ、ちょっと待てぇぇい!」
武具庫のドアを思いきり開けて中に入る。びっくりしたようなノルンは置いておいて、キッと元凶を睨み付ける。
「あ、いたんですか名前」
「いたら悪いですかってそうじゃなくて!何さらっと重大発言しちゃってるんですか!?」
「重大発言?あぁ、私と名前が付き合ってるってことですか?」
「そう!ってなんでニヤニヤしてるんですかトーマスさんは!」
気持ち悪いでしょうが!とは心の中でだけ吐き出して声を荒げる。
「えっと…名前さん?秘密にしておかないといけない理由が何かあるんですか?」
妙におどおどと訊ねるノルンにしまった、と思うが後の祭りだ。
「そ、それは…今は戦争中ですし…お付き合いしてるとか、そういうのって妄りに公表するのもどうかと思うし…風紀が乱れるっていうか、」
わたしがそう考えているのは事実だ。だからまぁ、トーマスさんにも秘密にしててとお願いしていたのだがそれをまるっとスルーされて大暴露とは如何なものか。
「でも、名前。それって結局建前で本音は名前が恥ずかしいだけですよね?」
「…っ!」
どうしてそういうこと言うかなこの人は…!
「あ、そうだったんですか?名前さん、可愛い」
「はは、あげませんよ?」
「お二人の邪魔をするなんてとんでもないですよ!」
お先に、と軽やかに去っていくノルンを恨みがましく見送って。怒りなのか羞恥なのかよく分からない熱がまた別の感情をつれて込み上げてくる。
「ほら、やっぱり名前は私といる時が一番可愛いんですよ」
何がほら、なのかは知らない。すぐ傍まで近づいてきた彼にどうしてほしいと望んでいるかなんて、知りたくもない。
「相変わらず素直じゃないですね」
「…それはどうも」
知りたくも認めたくもないけれど、抱き締められた途端に緊張が解けて体を預けてしまうのは、もうどうしようもない反射神経のようなものなのだ。
END