ぎゅうっと首筋に顔を埋められて深緑の髪が頬にあたる。この行為を許容しているだけあってもちろん嫌いなわけではないのだけれど。
「…暑い、」
自然に零れた言葉に反応するよう身体に回された腕に力が入った。
「ねぇ、聞いてる?」
「…聞いてますよ。暑いんでしょう?」
俯いたままで聞こえた声はくぐもっていて何だか拗ねているように聞こえる。というか、分かっているなら話が早い。
「うん。だからちょっと」
「離しませんからね?」
「……」
食い気味に先手を打たれ眉が上がる。
「でも暑いし…汗臭くない?」
「名前の匂いがします」
わたしの匂いって、一体。変態めいた発言に遠い目をしそうになりつつ肩の力を抜く。
多分これは駄目なやつだ。
普段何を考えているか分からなくて振り回されているだけに、こう直球で甘えてこられると弱いのだ、わたしという女は。
「…ねぇ、」
身体の位置をずらして向かい合い、同じようにぎゅうっと抱き締めかえす。胸の奥が痺れるような感覚と、もっともっとと欲する感覚に身を委ねて額をぐりぐり擦り付ける。
「トーマスの匂いがする」
どんな匂いかと問われてもそれを表すことは難しい。ただ、わたしを幸せな気分で満たし安心させてくれることは間違いない。
「臭いですか?」
「全然」
「なら良かったです。名前?」
「ん?」
ふと、肩が軽くなり篭っていた声が明瞭になる。名前を呼ばれて顔をあげれば少し悪戯っぽい表情で笑われる。
「暑かったんじゃないんですか?」
「暑いけど…」
さっきまで悄気ていたくせにもう復活したらしい彼はまた何を考えているやら読めなくなる。その表情が何だか余裕綽々に見えて少し悔しい。
「でも、今はこうしてたいの!」
だから、自分の顔は見られないようにぎゅっと抱きついてそう言ってやった。言わされたみたいで悔しいけれど、彼の心音が妙に速い気がしてわたしはそれですっかり満足してしまうのだ。
END