「セティ!っ、あ、えっと…ごめんなさい、お邪魔しました」
「ちょっと待って。邪魔じゃないから…何か用があったんだろう」
「用というほどのことじゃないけど。最近、セティの様子がちょっとおかしいから…」
「おかしい?」
「いっつも機嫌悪そうなのに、聞いても取り合ってくれないしさ。わたしに言えないことかなーってアーサーに頼んでもダメだったし?」
「それはっ…、」
君が他の誰かと楽しそうにするから。そう、言ってしまえればどれだけ楽だろう。でもそんなこと言える筈もない。そんな子どもみたいな我が儘など。
「それは?なに?」
結局言えない。いつもそうだ。いつも自分の気持ちを飲み込んでしまう。
「いや…なんでもない。気にしないでくれ」
「ダメ。今日という今日はなんでもない、は無し!なんでもないことないから苛々してるんでしょ?」
珍しく本気で怒っている様子の名前に心が痛んだ。これから話すことを、自分の浅ましい本心と独占欲を知られてしまえば嫌われはしないだろうか。いや、もうすでに嫌われてしまっているのかもしれない。
「セティ、」
無意識のうちに逸らしていた視線を名前に戻す。覗き込むようにこちらを見上げてくる瞳に、心臓を掴まれたような感覚に陥る。
「ねぇ、あなたの抱えているもの、わたしには軽くできないかな。それができなくても、わたしが力になれること、何かない?」
「名前…」
考えるより先に体が動く。この腕に名前を掻き抱けば心臓の痛みが治まった代わりに言い様のない、満ち足りた幸福感に包まれる。
「君がいつも隣にいてくれれば、後はもう何もいりはしない」
「セティ…」
何もいらないと言いながら、人間の欲求とは不思議なものでいつまでも満たされるということはない。きっといつか、もっと、もっと名前が欲しくて堪らなくなる。
「名前、これからもずっと私の側にいてくれるか」
「もちろん。ダメって言われても離れないからね」
名前の笑い声に重なるように聞こえたのは風精の囁きだろうか。鈴のような風精の声を聞いたのは随分久しぶりのような気がした。
END