「うわっ!?」
え、なぜなぜどうして。どうしてロプト教団の暗黒司祭が自軍でのんびり寛いでいるのか。木の幹に背を預けて本を読んでいるらしいヤツは、わたしの声に気付いておもむろに立ち上がった。うわヤバイどうしよう!
「…どうした、名前」
うわわわ近づくな毒キノコー!って、あれ?
「…え、あの…セイラムさん?」
「あぁ、そうだ」
はぁ、そうですか。いや、でも黒衣のローブに頭をすっぽり覆い隠す黒頭巾。声でなんとか判別できるものの、その格好だと危うく敵と間違われて攻撃されるんじゃなかろうか。
「な…じゃなくて、えーと、どうしたんですかそのローブ」
危ない。なんでそんな格好してるんですか、なんて失礼極まりない。そんなことは言っちゃいけない、絶対にだ。
「あぁ、これは先日昇格した際にアウグスト殿から支給されたものだが…これがどうかしたのか?」
いや、どうしたもこうしたもない。
「いや、あの…頭巾被ってると誰だか分からないっていうか…」
「それは大丈夫だろう。この軍内で暗黒司祭は私だけだからな」
うわぁ自分で暗黒司祭言っちゃってるよこの人。わたしが何とも言えずにしょっぱい顔でいるのをどう感じたのか、セイラムさんはおもむろに頭巾をとった。
「だが、名前の反応をみる限り…これはしない方がいいのか」
「まぁわたしがあれこれ言うのもなんですが、休憩中ぐらいはとっててもいいんじゃないでしょうかね…?」
今はともかく、夏は暑いだろうし梅雨時期は蒸れそうだ。そもそも、昇格したら何故頭巾がプラスされるのだろう。多分、何か意味があってのことだろうけど。
「確かに。それに私は…もうロプト教団ではないのだから、この格好にも意味がないのかもしれない」
「その格好って、ローブのことですか?」
「あぁ。これは…ロプト教団の神官である証のようなものだ」
ふっと視線を逸らしてどことなく言いづらそうにそう説明してくれたけれど、何か思うところがあるんだろう。それが何かなんて、あえて突っ込んで聞くようなことはしないけれど。
「そう、でしょうか」
「…どういうことだ?」
「ロプトの服を着てるから教団の神官なんですか?違いますよね?だって、もしそうなら、わたしがそのローブ着たらロプトの神官になるんでしょうか?そうはならないですよね?外見はそう見えるかもしれないけど…本質は変わらない、わたしはわたしですもん」
「名前…」
「セイラムさんも同じですよ。だから教団を抜けてきたんでしょう?」
自分の志がそこにはないから。選んだ道が正しいかなんて分からないし、そもそも正解なんてないんだろうけど。
「ロプトの神官だったことに思うところがあるのかもしれませんけど、それでもセイラムさんはその道を歩いてきたからこそ、ここにいるんじゃないですか?わたしは、そう思いますけどねぇ…」
ちょっと偉そうだったかなと思ってそろりとセイラムさんの顔を伺おうと視線を向ければ。
「名前は…不思議だ」
「え、そうですか?」
目があったのを合図にゆっくりとこちらに向かってくる。
「あぁ。不思議で柔らかくて暖かい。だからこんなにも惹かれるのだろう」
「え…」
いや、あの、誰もそんな展開は想像してなかったっていうか。え、なんでそんな優しくて見てるこっちが苦しくなるような切ない表情してるんですかセイラムさん!?そんなことは、本当に、これっぽっちも。
想定の範囲外に及ぶ道程
(聞いてないってばぁぁぁ!?)
END