砂糖菓子ひとつ分の代償
あぁ、面倒臭いことになった。デスクの上に肘をつき『頭を抱える』を体現している名前は何度目かの溜め息を吐く。

「大丈夫ですか?名前さん」

「いや、うん…どうだろう」

柔らかな桃色の髪を一つに束ね、くりくりとした大きな瞳を曇らせて訊ねたのは隣のデスクのノルン。名前の後輩である。
否定とも肯定ともとれない言葉で濁し、眉間を擦ってみるも頭痛の種が消える筈もない。

「なかなか手強い案件でしたしね…」

先ほどの顧客とのやり取りを思い出してノルンも思わず眉を下げる。かと言って、愚痴っていても仕方がない。なんとかするのが仕事なのだから。
対話が儘ならない相手との会話ほど苦痛なものはない。電卓で予算をもう一度確認しながら名前はぼんやり考える。一体いつまでこんな仕事をしているのだろう。本当に自分がやりたい仕事かどうか、それすらももはや分からなくなっていた。

「名前」

ふと、向かいのデスクからかかった声に顔を上げるとにゅっと伸びてきた手の上にはチョコレート。

「どっちがいいですか?」

「え?」

「アーモンドとウエハース」

彼、トーマスが差し出したのは一口サイズのチョコレートが2つ。何故いきなりそんなものをくれるのだろう、と疑問に思いつつ。

「ミルクチョコがいいです」

「え、」

普段の名前なら、まずそんなことは言わない。アーモンドとウエハース。どちらも好みでないなら受け取らない。それがいつもの名前。
だが、彼女は少しばかり…いや、大いに疲れていた。面倒だが無下にできない顧客の相手に時間をとられ、その処理に頭を悩ませていた。だから、少しぐらい我が儘を言ってもいいだろうと、そう、名前は考えていた。

「あ、なかったらいいです、別に」

「え、あ、ありますよー。ただ、変更を催促されるとは思わなくて」

にこにこと笑顔を崩さないトーマスの手には、赤いパッケージのミルクチョコ。受け取ろうと手を伸ばした名前の右手がぎゅっと掴まれて。

「この貸しは大きいですからね?名前さん」

名前の手と、トーマスの唇が触れるかどうかギリギリのところでそう告げる。

「なっ…!?」

「なんてね?」



(砂糖菓子ひとつ分の代償)



「セクハラですよトーマス先輩。今度目撃したらザガロ主任にチクります」

「スキンシップですよ。適度な触れ合いは良好なコミュニケーションを築くってことを証明してあげましょうか?ねぇ、名前さん」

「え、いや、あの…」




END


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