微笑に接吻

「エルク!」

「っ、名前様!?どうしてここに…」

懐かしさを感じる後ろ姿に声をかければ、紫苑の髪をパッと散らして振り返った彼の驚いた顔とご対面。変わってないと言えば変わってない。でもやっぱり、少し背が伸びてどことなく大人びた顔付きになったかな。そう思うのは久しぶりに逢ったからだろうか。

「ちょっと近くの街まで来てるの。街の人にこの辺りがお屋敷とは聞いたけど、まさかエルクに逢えるとは思わなかった」

「僕も驚きました。名前様は、旅を続けているのですね」

「まぁね」

隣に立つと、やっぱりエルクは少し背が伸びたみたいだ。それから髪も。

「髪、伸びたね。そのまま伸ばすの?」

緩くウェーブのかかった紫苑の髪は相変わらず艶やかで美しい。触りたいなぁとこっそり思いながら彼の顔を窺う。

「え、あ…特に気にしていなかったのですが、鬱陶しいでしょうか?」

「全然!短くても似合うと思うけど、髪の毛綺麗だし伸ばしても素敵だよ、絶対」

「そ、そうですか?」

「うん」

「名前様がそう言ってくれるなら…もう少し伸ばしてみようかな…」

ぽつり、自信なさげにも聞こえる声は、それでも迷っている風ではない。

「だって、ほら」

ごく自然な流れで、彼の伸びかけの髪を一束すくい指に絡めてくるりと放す。思った通り、柔らかでふわふわした触り心地。

「こんなに綺麗なんだもの」

「か、からかわないでください…」

「えぇ?本当にそう思うんだけど…」

「…名前様の方が、綺麗だ」

「なに?」

「あ、いえ…それより名前様はすぐまた発たれるのですか?」

「いや、特に決めてはないけど今日はもうゆっくりしようかな」

戦時の行軍とは違った自分の気の向くままに旅をするというのものんびりできていい。たまにこうして知り合いに逢えるのも楽しみの一つだ。

「パント様やルイーズ様にも逢いたいし」

「それは是非。お二人ともとても喜ばれると思います」

ふわっと優しげに笑うエルクを見て安心する。程よく甘えて頼り頼られる関係が築けていることが窺えて嬉しくなった。

「エルクは?」

「え?」

だから少しだけ、意地悪してみたくなった。

「エルクはわたしと逢えて嬉しい?」

そんなことは訊かずとも分かっている。いるのだけれど、彼の反応を見てみたくてつい訊いてしまった。

「はい、とても」

迷うことなくそう答えた彼に、少し見惚れてしまったのはここだけの秘密。何故って、それはもう綺麗で嬉しそうな微笑みだったから。



END


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