城外から帰ってきて、荘厳な造りのヴェルトマー城を見るたびに安心する。ここが自分の居場所なのだと、迎え入れてくれるその気配が物語っていた。
「おかえり名前。怪我はない?」
古めかしく重い木造の扉を開けば、ふわりと柔らかな笑みで迎えられる。
「あら、兄上。ただいま帰りました」
言いながら舞踏会でしかしないような仰々しい礼をする。それは怪我をしていないことの証明にもなるし、わざわざ出迎えてくれた兄に対する気恥ずかしさを誤魔化す行為でもある。
「今日はどこまで行ってたの?」
「…城の周りを散歩してただけよ?」
訊かれてから答えるまでに、少し間があった。その微妙な間合いを見逃すような兄ではない。
「城の周り、ねぇ…それにしては名前の気配が全く感じられなかったけど」
口元は笑みを型どったままなのに目が笑ってない。温厚で基本的には誰にでも甘いこの下の兄は、時々長兄よりも冷ややかな視線を送ることがある。
「や、やだ…アゼル兄上そんな怖い顔しちゃイヤ」
「名前?」
「ごめんなさい」
ついに声ですら怒ってますオーラが漏れて慌てて謝る。
「でも、危ないことはしてないのよ?」
「あのね、名前。そういう問題じゃないの」
「じゃあどういう問題?」
「一人で勝手に出ていったりしたら危ないだろう?今日は大丈夫だったかもしれない。でも、次も大丈夫とは限らない。分かるよね?」
そんなことは、分かっている。だから何かあったとき、戦える術を身に付ける必要があるのだ。強くなるためには実戦経験を積むのが一番早い。それに。
「でも、アルヴィス兄様はいつも勝手にいなくなるじゃない」
「兄さんは…執務で忙しいから…」
途端、元気のなくなった兄の姿にこちらまで居心地が悪くなった。今のは明らかに失言、そうは分かっていたが、性格上発言を取り消すこともフォローすることも難しい。
「こんなところでどうしたんだ、二人とも」
「兄様…」
響いた余所行きの声に振り返れば、長兄のアルヴィスが2階の階段から降りてくるところだった。怒られる、と思うと自然頭が重くなり俯く。
「…アゼル?名前?」
「……」
「…騎士団長を送ってくるから二人とも部屋にいなさい。いいね?」
「はい…」
「分かりました」
「いい子だ。帰ったら一緒に夕食にしよう。だから、それまでには仲直りしておくこと」
ぽんっと頭を叩かれて返事をしそびれるが、隣を見れば次兄もそうであったらしい。二人で顔を見合わせて同時にプッと噴き出す。
すれ違いに入り口の扉へと向かうお客様に慌てて道を譲り、確信して声を張る。
「アルヴィス兄様!」
「「行ってらっしゃい!」」
示し合わせた訳でもないのに同調した次兄と笑顔で見送る。おかえりなさい、も揃って言うことになるのだろうと想像しては、さっきまでの仏頂面が嘘のようでおかしかった。
END