反撃の声は届かない
今日は、ここ、オレルアンでマルス様を招いての記念式典が行われていた。戴冠式だったか解放記念式典だったかよく分からないが、とにかく大規模でおめでたい行事なのだ。戦争が終わったとはいえ、危険がないわけではない。会場では戦争中一緒に剣をとった仲間たちをちらほら見かける。
城内の階段を上っていると、すっと廊下を歩いていく人影に目が向いた。ザガロさんだ。横顔が見えたのは一瞬だけど、目元がどことなく疲れている。しかも若干猫背。狼騎士団副団長ともあろう者がそれはマズイだろう。

「ザガロさーん!」

わたしの声に振り返った彼に手を振りながら駆け寄る。目をぱちくりとさせていたようだが、もしかしてわたしのことを忘れてしまったのだろうか。

「君は…」

「ご無沙汰してます、アカネイア騎士団の名前です」

一応、自分の所属もつけて名乗ってみるが、それについての反応はない。ということは、忘れていたわけではないらしい。

「本当に、久しぶりだな。君も護衛か?」

目を細めて懐かしそうに言うその表情からは、ここで出会ったのがまるで奇跡のような、そんな感慨深い想いが読みとれる。一体どうしたっていうの、ザガロさんってば。

「まさか、私はただの参列者ですよ」

「そうか…」

「そんなことより、ザガロさん、ちょっと後ろを失礼しますね」

「え?」

彼も忙しい身だろうから、わたしのことに時間を割いてなどいられないハズだ。戸惑うザガロさんを尻目に彼の後ろに回り深呼吸。

「シャキッと、しなさーい!」

「うっ!?」

バシーン、と景気のいい音とともに平手打ちした右手がじんじん痺れる。ちょっと力が入りすぎたかもしれない、が気にしない。

「背中、曲がってますよ?背筋伸ばして、胸も張って」

とは言え、結構痛い右手に少し決まりが悪くなり叩いたばかりの背中を撫でて伸ばし、胸を開くよう両手で肩をぐっと後ろに反らす。

「もったいないですよ。元は悪くないんだから気を張ってれば男前に見えるのに」

「そ、そうなのか?」

「そうですよ!」

常々思っているのだが、何故かザガロさんはモテない。ブサイクなわけではないし、体格もいい、性格もいい、地位もそこそこなのに何故かモテないのだ。だから自然に姿勢も悪くなる、のかもしれないが。
とりあえず、正してあげた姿勢を眺めるとやはり我ながらなかなかいい。アストリア隊長直伝の敬礼から号令行進まで訓練した甲斐があるというものだ。

「うん、さっきより断然いい感じです。それじゃ、お仕事頑張ってくださいね」

自分の仕事っぷりに悦に入りそのままふらり、と翻った、その一瞬。

「あぁ、ありがとう名前」

ぽすっ、と頭の上に降った軽やかな衝撃と耳を擽るしっとりと穏やかな低音。慌てて振り向いたが、軽快に歩いていく彼の背中はもうだいぶ小さくなっていた。

「それは…ズルくないですか…?」

じわり、と上がってくる体温にそう言い訳して届かないであろう反撃を呟いた。



END


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