仮定ならばいらない心象

彼にとっては、訃報だった。

「申し訳、ありません…トラバント様、」

「何があった」

「山間部の村で反乱があったとの報告を受け、アリオーン様とアルテナ様が出撃されたのですが…奇襲に遭い分断されてしまったのです」

報告を受け、トラバントは奇妙に思った。敵の思わぬ戦法に戸惑ったか、あるいは油断したか。何らかの可能性はあるにしても、一個小隊以上の数を連れて鎮圧に向かったのだ。それを分断する戦力が一体どこから湧いて出たのだろうか。

「どうも、裏がありそうだね」

「…名前、来ていたのか」

高くも低くもない不思議な声音が静かに響き、密色の豊かな髪を靡かせて名前がこちらに近付いてくる。
ほんのりと薄暗い城内が光を受けたように華やぐ。その姿に思わず目を細め、彼女の思考を詮索する。

「私が出よう」

「…何だと?」

唐突に、彼女はそう告げる。それがさも当然のような、まるで最初から分かっていたような口ぶりだった。

「王、嵌められてはいけない。いま貴方が城を空ければ…敵の思う壷だろうね」

もとより兵数が多くはないトラキア。アルテナだけであればまだしもアリオーンも同行していながら苦戦するとは。そのような相手に一兵が束になって挑んだとて無益。いたずらに戦力を消耗するより己が出た方が早いのではと考えていた。しかしそれはすなわち、城を空けるということだ。そして名前はそれが相手の思う壷だという。

「弓兵隊か、あるいは魔道騎馬隊…いずれにせよ、竜騎士の弱点を突くものたちが絡んでいるのは間違いない」

「その数も知れぬ相手に、単騎で挑むと?」

「お忘れかもしれないが、これでも私は聖騎士の端くれでね。魔への耐性はそれなりにあるつもりだし、真正面から相手にしなければ弓兵隊であろうとも遅れはとらない」

名前のいうことはもっともだった。単騎であればまず負けることはない、と彼女の強さを充分に評価している。それに、アリオーンやアルテナに対する言動からは名前自身がトラキアに害を成すとも考えにくい。

だから出撃を許可した。いや、正式には彼女はトラキアに属していないので依頼した、というのが正しいだろう。

「父上…!」

国を守るために個を犠牲するのは仕方がないと考えていた。だが、彼女ならば。名前ならいつものように素知らぬ顔をして…生きて戻ってくるのではと期待していたのもまた事実。

「なぜ名前をたった一人で来させたのですか!?あれではまるで…!」

「止めろアルテナ!」

「…あれは死に場所を求めていた」

「そんなっ…!」

「……父上は、ご存知だったのですね」

そう、知っていた。だから彼女が単身敵地へ乗り込むような状況を知らせにきたあの一報は訃報だった。
初めからそうだと知っていれば、いや、その仮定は無駄だ。結果、起きてしまったことはどうしようもない。名前がこの世を去ったという事実は覆らないのだから。




END


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