「ねぇ名前」
「なんです?」
「本気で落としてもいいですか?」
「…何をですか?」
大体、というよりほぼ毎回、トーマスさんとの会話は突発的に始まり突拍子もない方向に進んでいく。
今回は「落とす」ことに対する許可を私に求めてきているわけだけれども、一体何を「落とす」のか。それがさっぱり分からないことにはどう返答することもできない。
何を落とすのかと問い詰める私に対して、トーマスさんは何というか…彼独特の不思議な笑い方をした。所謂、何を考えているのかさっぱり分からない、あの表情。
「またまた。名前、本当は分かってるんでしょう?」
「…だから、何を?」
さっきから要領を得ない会話をしてるな、なんて頭の隅で思いながら眉を寄せる。一瞬、ほんの一瞬だけある可能性が過ったけれど、そんな筈はないと一蹴する。考えるだけ無駄だ。
「何を落とすか教えたら、名前は許可してくれるんですか?」
「いや、それは内容によるでしょう?あ、でもやっぱりいいです訊かなくて」
「え?」
「訊かずにお答えします、もちろん答えは拒否ですが」
「えぇ?どうしてそんなこと言うんです?話ぐらい聞いてくれても――…」
「いや、聞きません。断固聞きませんよ私は」
「あ、もしかして名前…私が何を落とそうとしたか分かっちゃいました?まぁその方が話は早いんですけどねぇ」
不遜な表情でそう言われると、なんでこの人はこんなに自信満々なんだろうと不思議に思えてくる。さらに、なんでこんなよく分からない男に半分落とされかかっているのか、それが自分でもよく分からない。というか、半分以上落ちてるこの状況で、その上本気で落としにかかるとか…無理。絶対無理、勘弁してほしい。
「ねぇ、どうなんですか?名前?」
なんて、顔を覗き込みながら訊くのはまったくもって反対。反則技でしょ、それは。
「仮に、私の考えてることとトーマスさんの考えてることが一緒だとして…許可をとる意味、ないですよね?」
「そうですか?」
「そうですよ…」
そんな許可なんてなくても無意識な言動でほぼ陥落してるんだから、やっぱり意味はないと思う。
「でも、名前にとっては意味がないかもしれないけど…私にとっては重要なんですよ?」
どうして、という何度目かの疑問は口の中で待機したまま動かなくなった。視界いっぱいに広がる顔、コツンとぶつかる額。驚いて声もでない、身体は緊張でうまく動かないけれど、耳だけはしっかりと機能しているようで。
「こういうことが、堂々とできるかどうかっていう問題がありますからね」
まぁ、許可なくもうやっちゃいましたけど?なんて、耳元で可笑しそうに呟かれて私はもう本当、白旗を振り回すしかないような気がした。
END