「名前」
「は…あぁ、これ私のですけど…?」
どうしてジョルジュ隊長が?そう言いかけて言葉を飲んだのは、隊長の目がいつもより冷たく感じたからだ。素が甘いマスクなだけに、目を細めて見下ろされると妙な迫力がある。もちろん、隊長と一般兵という階級差もあるだろうが。
「どこにあったと思う」
「え、ええと…さて、どこでしょうか、ねぇ…」
アリガトゴザイマス、などと片言で呟きつつ差し出された弓を受けとる。決して高価なものではないが、どこの武器屋へ行っても大抵は置いてある鉄の弓。訓練用にと愛用していたそれは、確かにしばらく見かけなかった。
「……もしかして訓練室に置き忘れ、だったり」
「ほう。名前にしては珍しく覚えていたのか?」
「いや、あの、えっと…」
やってしまった、という心の声が面に出ていたらしく、隊長は眉間に寄せていた皺をほんのり緩めた。この表情はアレだ。御許しなどでは決してなくて呆れているのだ。武器の管理も満足にできないのかと。
「すみません…」
気持ちとともに項垂れた頭に、ペシッと軽い衝撃。
「そんな顔をするぐらいなら最初から持ち物の管理を怠るな」
「はい…」
「まぁ、昇格試験に向けて頑張ってるのは認めるが…基本の弓術を疎かにしてどうする」
隊長の言葉は厳しいわけではないのに、正しくて真っ直ぐだから痛い。
「あぁ、それとも隊長直々に指導して欲しかったのか?名前」
「べっ別にそういうわけじゃ…!」
そうかと思えばサラッとそんなことを言ってくる。言う方はなんでもないかもしれないが、隊長みたいな美人に口説き文句みたいな台詞を言われた方の気持ちを考えてほしい。心臓はきっといくつあっても足りないだろう。
「ふっ、分かってる。とにかく、これからは持ち物の管理と基本の弓術をしっかりすること。いいな?」
「…はい」
覇気がない、とダメ出しされるかと思ったが意外にも隊長は笑っていた。さっきの鼻で笑うようなものではなくて、穏やかで綺麗でとても美しい微笑み。
ああもう。またしても心臓がひとつやられてしまった。
END
prev next
bkm