「最悪だわ…」
まさかこんな時に体調崩すなんて、信じられない。もともと体力に自信があるわけじゃないからいつもより慎重に体調管理をしてきたはずなのに。なのにどうして今日に限ってこんなことに。
「見たかったな…兄上とシーダ姫の結婚式、」
自分が不甲斐ないのと、楽しみにしていた二人の晴れ姿が見れなくて悲しくて、しかも体調不良で。いろんな原因があったけど、侍女にあたったのは完全に八つ当たりだって分かってる。おろおろとこちらの顔色を窺うぐらいなら目障りだから一人にして、だなんていくら何でも言い過ぎた。後悔しても後の祭りで、いまこの部屋には誰もいない。具合、悪いときは心も弱くなるって誰かが言っていた。喉の奥が引きつるように痛んで堪えたけど、どうせ誰も来ないだろうからと気を抜いたらぽろぽろと涙が零れ落ちる。滲んだ視界を見たくなくて両手で顔を覆った。
「名前?」
体調悪すぎて幻聴まで聞こえるとか、笑えない。しかもよりによって一番傍に居て欲しい人の声が聞こえるなんて。
「どうした?」
ベッドが小さな音を立てて軋んで、優しく頭を撫でられる感触までする。顔を覆ったままの手で目だけ覗かせれば、ああ、やっぱり。
「チェイニー…」
彼の姿を見た途端、我慢していたものが一気に溢れ出てきそうになる。また滲み出した視界は瞼を閉じて回避する。だけど零れ落ちた雫はもう流れ出てしまって耳の辺りまで伝う。
「やっぱり、名前には俺がいなきゃ駄目みたいだなぁ」
なんて、おかしそうに笑いながら零れた涙を優しく優しく拭ってくれる。堪らずチェイニーの太腿へダイブすると、顔を見られたくない私の気持ちが伝わったのかそのまま頭を撫でてくれる。
そう、やっぱりこれ。心の中がすっと穏やかになって安心できる。すべてをさらけ出しても受け入れてくれるっていう絶対の信頼。
「まぁ、もともと式に出る予定はなかったんだけどな。名前のドレス姿でも拝んでやろうと思ったら寝込んでるって言うし?」
優しく頭を撫でてくれていた手はゆっくり背中にまわり、しゃくりあげていた呼吸もだんだん落ち着いて楽になる。
「起きられるか?」
「ん…」
袖口で涙をふいてそっと顔をあげると優しくて大好きな赤褐色と目があった。その瞳がおいで、と言ってくれているような気がしてまたしても彼の胸へダイブ。ぎゅうぎゅう抱きしめれば同じぐらいかそれ以上の強さで抱きしめ返された。何も言わなくていい。ただこうして傍にいてぎゅっとしてくれるだけでいい。また離れてしまうことも、同じ時を生きられないことも分かりきっているから。
「チェイニー…」
「ん?」
「来てくれて、ありがと」
一瞬見せた寂しそうな表情に言わなきゃよかったかなって怯んだけど、言いたいことは言えるときに言っておきたい。
「ずっと、愛してる」
「名前…」
これから何があっても、私がチェイニーを愛してることに変わりはない。この想いだけは、真実。
明日は仄暗い絶望色
(だって少し先に見える未来、あなたは隣にいないのでしょう?)
END