「あぁ、アンタが名前か」
「…どちら様でしょう」
出会い頭に言われたのはそんな言葉で。初対面、なハズの男にまるで品定めをされるようじろじろ見られては不快に思わないほうがおかしい。とっさに鉄拳制裁ならぬ木杖制裁を与えてやろうかと目論んでしまったわたしはきっと悪くない。だがしかし、役者は目の前の男のほうが巧かったらしい。
「いや?アイツの言う大事な人ってのはどんな女か気になっただけだ」
「アイツ?」
男がピシッと指差した先には、癖のある長めの前髪に漆黒の装束。ほの暗い緋色の髪は目立ちそうで目立たない。それなのにわたしが真っ先に彼を見つけられるのは、所謂わたしにとっても大事な人、だからに他ならない。
そこに至ってようやく、わたしも目の前の男が誰なのか検討がついた。
「あなたがパーン?」
以前、教団から抜けるときに助けてもらったと訊いたことがある。金持ちからしか奪わない、殺しもしない。そういう義賊だからこそ、行動を共にしていたと。
「まぁな。で、アンタはアイツのどこに惚れたんだ?」
「…は?」
ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべたパーンの顔を見る限り、本当に義賊なのかどうか疑いたくなる。
「なっ…ど、どうしてあなたにそんなことを教えてあげなきゃいけないのかしら」
顔がひきつりそうなのは自覚している。ふざけんな!と怒鳴ってやりたい気持ちに蓋をして、なるべく穏便に、穏便に。好きな人が世話になった、という経歴がある手前なんとなく強気に出られない。
「ふーん?まぁアンタが言いたくないならいいか。おい、セイラム!」
「ちょ、ちょっと!?」
何をするつもりなのかこの男。余計なことを言われても堪らないが、先ほどの会話では何もボロは出ていない。とりあえず成り行きを見守ろう、と心に決める。
「パーン、と名前?何かあったのか?」
「いやいや、大したことじゃないさ。それより…アンタ、名前のどこに惚れたんだ?」
「っ!?」
な、何を言ってくれちゃってんのかこの男は!全く同じ文言で、いやいやそれはいいとして、あろうことか当人の目の前で!
そこはもう、お前に言う必要はない、とかってきっぱり言ってやってほしい。
「そうだな…特にどこを、と言うことはないが」
セイラムさんは基本真面目な人だ。しかし、だからといってこんな質問に答える必要は全然ないと思う。知りたくないのかと言われれば嘘になるけれど、よりによって今かよ!
わたしの脳内で盛大にツッコミとダメ出しが行われていることなど露知らず。セイラムさんは独特の低い声で淡々と続ける。
「あえて言うならば、すべて、だろうな」
「すべて?」
「あぁ。きっかけは名前の…慈愛という一部分に惹かれたのだろうが、今はそれだけではない。我が儘を言ったり素直でないところも含めて、すべてが名前でありそんな…」
わたしの脳内はいつの間にか働くことを止めていた。その代わりに、セイラムさんの言葉を一言一句聞き漏らすまいと必死だ。意味は分からなくていい。そこは意識せずに言葉だけを拾っていく。
ふと、不自然な文節の区切りで目があった。その表情が、目が、二人でいる時のように優しく穏やかなものになって。
「あなたを、とてもいとおしく想っている」
言葉だけを記憶するなんて、無理な話だ。同じ空間にいるだけで、どれだけわたしのことを想ってくれているのかこんなにも伝わってしまうのだから。
(愛の信託を告げる)
「へぇ。アンタからそんな言葉が聞けるとはねぇ。まっ、アンタらが幸せそうならそれでいい」
バンバンとわたしたちの肩を叩いて去っていくパーンは何故かとても嬉しそうだ。お節介なのか仲間想いなのかよく分からないけれど、どことなく憎めない。なんとなく、ダンディライオンという組織がどういうものかわかった気がした。
END