ああ、ついにこの日を迎えてしまった。
「どうしよう無理だやっぱり無理、下手したら死ぬんじゃ…」
ろくに勉強もしてないし、鍛練もしてない。大体、元が魔道士の私がアカネイアの聖弓騎士団の入団試験を受けようとしていること自体がおかしいんだ。誰か気付いて止めてよ、切実に!私はほとんど強制的に志願させられただけであって、アカネイアに仕えてどうこうっていう動機もないし!?
「あーもうなんで私がこんなこと…」
かといって、この試験に受からなければ職を失った私はたちまち路頭に迷ってしまう。いや、マルス様は優しいから希望すれば宮廷魔道士に戻れるんだろうけど…出戻りはプライドが許さないという、厄介なことこの上ない私の性分。
「あれ?名前?試験受けに来たんじゃないんですか」
出た、元凶。トーマスと書いて大魔王と読む。ニコッと爽やかぶった笑顔で言っているけど、私がアカネイアで急遽入団試験を受けるように仕向けた元凶は奴だ。油断大敵、用心するに越したことはない。
「ええ、まぁどこぞの誰かさんに無理矢理志願させられたんですけどね…!」
嫌みたっぷりにそう言えば、トーマスは涼しい顔で「へぇ?」なんて言う。ああもう、なんて無責任な!
「あー…もう絶対受からないと思うんですよね、入団試験。むしろ試験中怪我するかもですし?」
「大丈夫ですよ。一応私もライブの杖が使えますし?」
うわ、超期待できない。というか、杖の正しい使い方本当に知ってるかどうかも怪しい。
「受かるかどうかは、受けてみないと分かりませんし。寝込むほどの重傷を負っても私が責任をもって看病してあげますから」
「それ…完全他人事だから言えるんですよ…」
怪我が治ったら私はまた職を探しに行かなければならない。この際だから、上司がどうとか出戻りがどうとかそんなことは言ってられないな。
「もしかして、名前は職のことを心配してるんですか?」
「当たり前じゃないですか!普段使わない弓装備揃えるのに出費かさんでほぼ無一文ですよ!?」
魔道書も結構高くてようやく貯めたお金をまさか入団試験のために使う羽目になるなんて思わなかった。しかも全然転職の希望とかなかったのに。
「忘れたんですか?アリティアを出るときにマルス王子に言ったでしょう。私が責任をもって名前の生活を保証するって」
「確かに言ってましたけど…それがなんだって、」
それがなんだっていうのか。そう、抗議してやるつもりだった私の目論みは敢えなく撃沈する。
「だから、入団出来なければ私のところへ来たらいいんですよ、名前は」
「…え?」
まさに一瞬の出来事。突然顔が近付いたと思ったらすぐに離れて、触れられた感触を確かめるように思わず右手で頬を押さえる。
「合格祈願です。さて、もう行かないといい加減遅れますよ?」
「えっ、嘘っ!?急がないと!」
っていうか、呼び止めたのはトーマスでしょ!?お咎め喰らったらトーマスのせいにしよう!そんな風、心の中で誓い慌てて走り去った私は知る由もなかった。
「…まぁ、どっちに転んでも私としてはおいしいんですけどね」
なんて、トーマスが妖しい笑みを浮かべ呟いていたことは。
END