射抜かれたのは心です
「だから、やってらんないってのよ!」

がちゃん、と派手な音を立てて名前さんはジョッキをテーブルに置いた。置いたというか、打ち付けたというか。

「それ、割ったら弁償ですよ名前さん」

「はっ!たかがジョッキの一つや二つ、弁償してやろうじゃないのよ。私だって伊達に稼いでないんだから!」

「はいはい」

相当鬱憤が溜まってたんだなぁ、名前さん。ジョッキに並々と注がれた果実酒を勢いよく飲み干すその姿はそこらへんの男よりよほど男前な飲みっぷりだと思う。

「で、ジョルジュさんがどうしたんです?」

この数時間で何回も聞いた話だが、喋らせないと名前さんはひたすら飲み続ける。だから仕方なく気が済むまで彼女に喋らせてあげようと思う。たとえ、それが同じ内容の話だったとしても。

「そう!それ!ちょーっと男前で金髪で碧眼でおまけに名家だからってなんでジョルジュがパルティア持ってるわけ?おかしくない?別に私が持ってもよくない?」

ずいっと目を細めて詰め寄られても困る。そうですね、と一言相槌を打ってやればそれでいいのかもしれないけど、それじゃ結局堂々巡り。また延々とジョルジュさんがどうとか、ニーナ様がどうとか話し始めてやってらんない、とか納得いかない、に戻ってくる。どうしたものか。

「ちょっと、トーマス!訊いてんの?」

「聞いてますよ。それよりどうしてそこまでパルティアに拘るんですか?」

「そりゃ、弓を扱うものなら誰だって心惹かれるでしょ!あのしなやかさと強さが…」

訊かなきゃよかった、と思う。名前さんにとってのパルティアとは如何なるものかやけに熱く語り始めた。堂々巡りは終えたけど、その本質はあまり変わってない気がしてため息が出た。本音を言えば、こんな不毛な愚痴大会はとっとと終わらせて次の段階へ進みたい。せっかく二人きりで飲みに来たのにこれじゃあんまりだ。

「ねぇ、名前さん」

「何よー」

「実はパルティアより強力な弓があるのをご存知でしたか?」

「パルティアより強力?」

「はい」

酔いが回ってきたのか若干とろん、とした目の名前さんに微笑む。

「名前さんも使ったこと、あると思いますよ」

「えー?ないよ、そんなの」

「無自覚なだけですね」

「失礼な。まるで見てきたように言うけど私全然、これっぽっちも覚えてない」

「ひどいなぁ。私は結構深手を負ったんですよ?」

「え?」

きゅ、と眉を顰めて考え始めた名前さんは可愛らしい。いくら考えても答えなんてでないだろうに、真剣に思い出そうとしている。

「いつのこと?それ」

「三年前です」

「ってことは、トーマスと出会ってまだ間もないころか」

「間もないというより、出会った瞬間、ですね」

「えー?私そんなトーマスみたいに出会い頭に矢放ったりしないけど!」

「いや、名前さんはしっかり打ち抜きましたよ?私の、──ここを」

そういって静かに名前さんの手をとって自分の胸に当てる。不思議そうに目を瞬かせる名前さんにもう少し近づいて空いている片手でそっと頬に触れる。

「出会ったその日から今現在まで…治ることなく心が疼くんですよ。名前さんが欲しいって」

「な…」

驚いて何か言い返そうとする名前さんの唇を半ば強引に引き寄せて奪う。柔らかいその感触を味わうように何度も何度も触れる。出逢ったときからずっと欲しかったものの一つが手に入ったはずなのに、また胸の奥が疼き始めた。

「んっ、」

名前さんから少し離れて額をぴたりと合わせたまま目を見つめる。果実酒のせいなのか、さっきの行為のせいなのか名前さんの瞳は潤んでいて扇情的だ。これじゃ、まだ足りない。もっともっと、あなたが欲しい。名前さんのすべてが欲しい。

「トー、マス…」

「…今夜は私の部屋に泊まりますか?朝まで愚痴を聞いてあげますよ」

我ながら卑怯だと思った。問いかけることであくまで主導権は名前さんに渡して。愚痴を聞くつもりなんて微塵もないし、それは名前さんだって分かっているはず。でもきっと素直じゃない名前さんはこの流れで私の部屋に行くだなんて言えない。それこそ、朝まで愚痴を聞いてもらう、なんて建前でもなければ。こくり、と小さく頷いた名前さんの髪に口付けながら耳元で囁いた。

「では、続きは私の部屋で」

きゅっと服の裾を掴んだ名前さんはまるで少女のように可愛らしくて、自分の部屋に着くまで保てる理性が残っているかどうかは少し怪しい気がした。





(射抜かれたのはです)



END


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