募る愛しさと
今回は、私たち一行にとって初めての航海。順調に船は進んでいたのだが…突然、凪が訪れた。
こうなってしまっては誰にもどうすることもできない。再び船が動き出すまで大人しく待つしかないのだ。

仕方ないから、甲板に出て景色でも眺めていようかと思っていたら。

「……ギィ?何やってんの?」

通路の端で踞っているギィがいた。

「酔った…」

「え?」


見れば、顔面蒼白であの活発なギィの見る影もない。

「…あんまり大丈夫じゃなさそうだね」


背中でも摩ってやれば楽になるかと思い、ゆっくり撫でてやる。平素であれば、照れるなり子供扱いするなと怒ったりするのだが、それもない。なすがままにされている。
これはまたなんと言うか。

(素直で可愛いなぁ…)

顔は伏せたままで、すごく辛そうだ。横になってればいいのに。

「部屋で寝てた方がいいんじゃない?」

「……いい」

あ、でも部屋割りで確かマシューと同じ部屋だった気がする。変にライバル意識持ってたりするから、ギィとしては弱っている姿を見られたくないのかもしれない。通路の方がいろんな人の目につく気がするけど。
それとも、どこかに行こうとして力尽きたのかもしれない。どちらにせよ、私としては好都合だから構わないのだが。


足を崩して、撫でていた腕でギィの体を寄せる。何、というようにこちらを見るから、耳元で言ってやった。

「膝、特別に貸してあげる」

「うー…借りる…」


くたっと力を抜いた重みが太股にかかる。素直すぎて拍子抜けるけど、やっぱりそれがかえって可愛らしくて愛しさが込み上げる。
よしよし、と頭を撫でていたら右手を掴まれた。

「ギィ?」

「…手も借りる」


目を瞑ったままそう言って、私の右手を握りしめた。




(募る愛しさと)




その後いくらかもしないうちに、ギィの安らかな寝息が聞こえてきた。

「そんなところでどうしたんだい?二人とも」

「静かに、公子。いま寝たところだから」


通りすがりに声をかけてきたエリウッド公子に目配せする。
自分のことはともかく、人の心に聡い彼は、一瞬驚いて笑いを堪えるように退散してくれた。この優しい一時を、今は誰にも邪魔されたくない。




END


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