嫉妬だと自覚していれば
「フェレの軍師…やはりあなたでしたか、名前様」

私が進軍の指示を出した直後、そんな風懐かしい声がした。
だがしかし。

「オスティアの候弟はここで待機、伏兵に備えるように」

「伏兵だぁ!?間違いない情報なんだろうな?」

「さてね。ついでに私の護衛もお願いするよ。今回は前線に出るつもりはないからね」


ともすれば最前線へ飛び出そうとするヘクトルに釘を差し、仲間を見送る。

「………………名前様?」

「ああ、誰かいたのかと思えば…こんなところで何をしているんだい?」

怪訝そうな表情で再度声をかけてきたエルク。自分でもちょっと白々し過ぎる気はしたが、どうにも止められない。

「いえ、お久しぶりだったのでご挨拶をと思ったのですが…」

私の言葉に僅かに顔を歪める。
確かに通常であれば、久しぶりの再会に話が弾むことだろう。しかもここは前線からはかなり離れている。
周りには誰もいない。
少しくらい、本音を言ったって構わないだろうか。

「気に入らないなぁ」

そう思い、口にしたが最後。あれよあれよという間に溜まっていた不満が溢れ出す。


「君は主を顔で選んでいるのかい?」

別に、そんなことが言いたい訳じゃない。それなのに言葉が勝手に出てきてしまう。



「まさか!今回は師匠から護衛の依頼があって引き受けただけで、僕が望んだわけじゃない…」

信じられない、というように目を見開いたエルクの表情は彼が私の言葉にどれだけ傷ついたかを如実に表していた。ああ、彼にこんな顔をさせてしまうなんて。そんなつもりはなかったのに、今にも泣き出しそうなエルクは吐き捨てるように言った。


「仕方ないだろっ…僕だって、本当に護りたい人は他に…」

「──…そう、なんだ」


エルクの言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。彼に護りたい人がいるだなんて、考えもしなかった。気付かれないよう、平静を装うので精一杯。

「そんなことより、エルク。魔法で間接攻撃のできる君は前線の援護を─…」

お願いしていたと思うけど。そう、続く筈だった言葉は想像すらしなかった──エルクに抱き締められるという事態に直面して呑み込まれる。

「あなたは軍師なのに、どうして…どうして分かってくれないのですか…?」

「え…?」

「僕が本当に護りたいのは、名前様だけなのに…!」



切ないほどにエルクの想いが私の心に響く。
ぎゅっと抱き締める腕にさらに力が込められて、その行為の真意を確かめたくなる。

「それは…どういう意味で?」

腕の中で顔をあげて聞き返せば、困ったように眉尻を下げ不意に視線を逸らした。

「卑怯だ…」

「え?」

「あ、いえ、何でもありません。僕にとって…名前様は大事な人なんです。だから、できればずっと側にいたいし、危険な目に遭わないよう、僕が護りたい…」

普段、本音を滅多に言わない彼が一旦蓋を開けたらもう止まらないとばかりに打ち明ける。
まずい、自分でも顔が火照って頬が弛むのを止められない。

「それなのに、いつもあなたの近くには置いてもらえなくて…でももう我慢の限界なんだ。傍でお護りする以外の指示は受けたくありません」

そう言いきったエルクの瞳は、熱っぽく潤んでいてまるで私を溶かしつくしてしまいそうだ。
だけど私は見てしまった。彼の背中越しに、青筋を立てて静かにこちらへ向かってくるオスティアの候弟を。


「エルク…早速お願いがあるんだけど」

「何ですか?」

「とりあえず、現状打破」

「え?」

「お前ら…!人が必死に戦ってるってのに何イチャイチャしてやがる!」

「エルク!後は任せた」

「ええっ!?名前様!」


焦るエルクの声は無視して、私は前線へ向けて走り出した。セーラとプリシラには何らかの形でお詫びしなきゃな、なんて思いながら。




END


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