「ねぇマシュー、それは誘ってるのかい、」
「………………はい?」
弟が雇った密偵の、やたら色っぽい様子に、つい本音がでる。
上気した頬に、汗で張り付いた前髪をかきあげる仕草、潤んだトパーズ色の眸。
私は誘われるようにマシューの首筋に触れた。
「って、熱ッ!?ちょっとマシュー、熱あるんじゃないの」
触れた首筋が予想外に熱くて、慌てて手を額に持っていく。
「これぐらい、何でもないですって」
マシューはそう言っているけれど、低く掠れた声じゃ説得力も皆無。
「ふぅん…?全然、そんな風には見えないんだけど、なっ」
「ッ!?」
言いながら素早くマシューの横に回り、トスッと足払いをかける。倒れた彼にそのまま跨がって、そっと前髪を流す。
「辛そうね?」
彼をからかって遊ぶのは本当、面白いから飽きない。思わず極上の笑みが零れた。
「はぁ、…勘弁してくださいよ。名前さま」
「やだ、」
マシューが私の下で呆れてため息をついた。
と思ったら。
軽い衝撃とともにぐるりと視界が一回転。背中に感じる固い床石。
そして何故か、私の目の前にはイタズラっぽく笑うマシュー。
「形勢逆転、ってヤツですね」
少し身体を動かしただけでも辛いのか、マシューの呼吸が乱れる。
それでも憎まれ口を叩くところはさすがと言うか、なんと言うか。
なんて考えていたら、急にマシューが顔を近づけてきて。
「名前さま…風邪って、誰かに移すと治るって知ってます?」
口の端だけ持ち上げて言う姿があまりにも扇情的で。
私は思わずマシューを自分の方へ引き寄せて、軽く口付ける。
そのままするりとマシューの下から抜け出して、にっこり笑う。
「知ってるよ?」
口をポカンと開けて固まっていたマシューの、小さく呟いた声が聞こえる。
「…名前さまには完敗ですよ、まったく」
その頬がさっきより赤くなっているのは、きっと風邪のせいだけじゃない。
(私に乾杯してくれるのかい、)
(………風邪が治ったら乾杯でも何でもしてやりますよ)
(じゃ、もっといっぱいしなくちゃね?)
(…………………)
END