拝啓、僕の好きな人


名前、君は元気にしているだろうか?体調に変わりないか?季節の変わり目は体調を崩しやすいから気を付けてくれ、なんて…こんなことを言うと、また煩そうに眉を顰めるのだろうな。君のそんな表情が目に浮かぶようだ。それでも心配せずにいられない。君に会えない日々がこんなにも苦しく切ないものだとは思わなかったから。早く、君に逢いたい。私の大切な名前──…






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そこまで文をおこしてふっと息を吐く。窓から眺める景色は鮮やかな新緑に包まれていて、ここシレジアにもようやく春の訪れを感じさせるようになった。流れる風は穏やかで少しずつ戦乱の傷跡を癒しつつあるというのに、心は晴れやかでない。その理由は考えるまでもなく思い当たるものがあって知らず知らずのうちに深いため息が漏れた。ついこの間まで一緒にいた名前を想い、書き綴った文はいまだに彼女のもとに届けられずにいる。らしくない、と一人自嘲するように呟いて部屋を出た。




ふと、違和感を覚えた。自身の領域に他者のものである魔力の高まりを感じたからだ。城内であることに間違いはないが、気まぐれな風精に邪魔されて特定はできない。

(中庭、か?)

ほとんど無意識に身体が動く。走りながらも風精が逃げ出してきた道を辿れば、やはり中庭へと続いているようだった。もしかして、と逸る心を抑えきれずに二階のバルコニーから中庭へ飛び出す。そこに懐かしい後ろ姿を見つけて思わず飛び降りていた。

「名前!?」

「セティ!」

地面に着地する寸前で風精を集めてふわりと降り立つ。駆け寄ってきた名前もそれ以上近づかずに風精が落ち着くのを待った。

「何かあったのか」

名前の纏う火精を警戒して騒ぎ立てる風精を封じ込めようと自分の両腕を抱くがうまくいかない。久しぶりだからざわつくのも仕方がないのかもしれないが、普段より意思疎通ができなくて思わず名前から目を背ける。風精が悪いのではなくて、思わぬ再会に浮かれている自分に気がついてしまったからだ。

「あなたが逢いたがっている気がしたの」

それなのに名前ときたらさらりとそんな風言ってのけるから堪らない。ようやく落ち着き始めた風精に囁かれてそっと息を吐き出す。このままでは名前のペースに呑まれる。余裕のなさを見せたらあっという間に優劣は逆転する。名前はどこか、そういう駆け引きを楽しみたがるところがある。それはそれで構わないのだが、ここはシレジアだ。やはり主導権は自分が握っておきたい。

「それにしても…突然だったから驚いた。連絡をくれれば使いの者を寄越したのに」

「ふふん、風精が火精を嫌うのはあなたもよく知っているところでしょ?ちょっとびっくりさせたかったから黙っててもらったの」

黙っててもらったというよりは有無を言わせず黙らせた、の方がしっくりくるのは名前のいたずらっぽい言葉に風精が抗議の声をあげたからだ。彼女が現れたとき、風精が避けるようにしたのもそうした根回しが事前にあったからだと想像に難くない。相変わらず妙なところに労力をかけたがるものだと思わず苦笑してしまう。目敏い名前はすぐに気づいて少し口を尖らせるように反論する。

「いいでしょ?たまにはこういうのも。それとも私が急に来ては都合が悪かった?」

「まさか。君に逢えるなんて思ってもみなかったから嬉しいよ。おいで、名前」

手を取って呼びかければ、少し躊躇いながらもこちらへ一歩踏み出す名前が愛しい。その躊躇は拒否や戸惑いではなく意地っ張りな彼女の照れ隠しなのだと知っているから尚更だった。掴んだ右手をそのまま引き寄せて名前を自分の腕の中に閉じ込める。しっかり抱きしめれば応えるように名前の手が背中に回った。久しぶりの抱擁に自分の中でずっと求めていた安らぎと蓋をしていた欲情が一気に押し寄せてくる。

「…っ、」

そんな自身の感情に歯止めをかけるのは、理性なんて高尚なものではない。

「あっ、ごめんなさい!つい気が緩んじゃって…怪我はない?」

「ああ、大丈夫だ」

名前を慕う若い火精が火花を散らすことで牽制してくるのだ。精霊に慕われることはもちろん悪いことではないのだろうが、いいところで邪魔をされてはこちらとしても面白くない。ぐっと腰から引き寄せて半ば強引に口付ける。火精の邪魔など関係ない。お前たちの主である名前は自分のものだのと、見せつけるように何度も口付けた。







「君の精霊は少し過保護過ぎだと思うのだが」
「あら、あなたも人のこと言えないわよ?私宛に出せないでいる文が溜まって部屋が埋もれる前に逢いに来てやってくれって、わざわざ教えに来てくれた風精がいたんだから」
「………」






END


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