蒼白い焔を鎮火する
密色の長髪がさらりと風に揺れる。雲一つない晴天、優しく流れる風が草木を鳴らす以外に音はせず、静寂に包まれたような錯覚に陥る。

(彼女は今頃どうしているだろう。私の可愛い人…)

こんな日は決まって彼女のことを思い出してしまう。彼女が、名前が自分だけを真っ直ぐに見つめたあの日のことを。




父上はいつだって僕を見てくれたことはなかった。弓はウルの直系であるブリギッド姉上の方が上手だし、学問ではエーディン姉上に敵わない。ブリギッド姉上の行方が分からなくなって以後、父上はますますエーディン姉上を大事にするようになったと思う。僕が弓の腕前を披露しても、ブリギッド姉上のことばかり話される。父上はブリギッド姉上の面影を僕に見出だそうとして、いつも失望される。
そんな風だったから、僕は段々自分はこの家にとって必要のない人間なのではないかと考えるようになった。どれだけの努力をしたところで、それを凌駕してしまうほどの才があれば努力など時間の無駄。そう思ってしまえばこれまで鍛練や勉学に当ててきた時間が無為に思えて、こっそり城から抜け出すことが増えるようになった。最近はユン川の流れに逆らって散策することが多い。
いつものように、ぼんやりと川沿いを歩いていると誰かが踞っている姿が見えた。

「うぅっ、ひっ、う…」

そっと後ろから近付けば、女の子が泣いているのだと分かった。どうしたのだろう。声を掛けるべきか迷っていたとき、ざぁっと風が吹いてその子が勢いよく振り向いた。燃えるような深紅の髪がパッと広がり濃い緋色の瞳に射られたよう囚われる。

「…だれ?」

だけどそれは一瞬のことで、表情はすぐに崩れて不安そうに眉を下げた。

「僕はユングヴィのアンドレイ…君は?」

「わ、わたしはヴェルトマーの名前…」

ヴェルトマーの。確か、当主が亡くなったために異例の若さで王子が跡を継いだと聞いている。そして王子の下には異母兄弟の双子がいると。

「どうして泣いてるの」

「兄様に、お、怒られて…」

そこまで言ってまたしゃくり始めたから途方に暮れた。慰め方なんて分からない。でも、怒られて泣いている名前を放っておけなかった。僕が守ってあげないと、何とかしてあげないといけない。何故かそんな使命感に駆られた。

「怒られたからといって、君の兄上が君のことを嫌いになったわけじゃないだろ」

「え?」

「だから、早く城に戻った方がいい。きっと今頃みんな君を探してると思う」

どうしてこんなことを言う気になったのかは分からない。だけど一人で出てきたのなら心配しているのは当然だし、早く城に帰った方がいい気がした。僕の言葉に考え込みながら、名前はいつの間にか泣き止んで落ち着きを取り戻していた。

「…あなたは?どうするの」

「僕は…君がちゃんと城に戻るか見届けたら帰るよ。僕も、ユングヴィに帰る」

そう言うと名前はどこか安心したように微笑んで頷いた。

「それなら、帰るわ。あなたも早く帰らないといけないのでしょう?」

「僕は、べつに」

「きっと、心配してるわ」

じっと僕の目を見つめて名前は言った。そんな筈ないって思うのに、名前に言われると何故か素直に受け入れられた。父上が僕のことを怒るのは、僕のことが嫌いだから、というわけではないのかもしれない。

「…そうかな」

「そうよ。ね、アンドレイ。私たち友達になりましょう?またユングヴィに連れて行ってもらえるよう兄様にお願いしなくっちゃ」

「…うん、そうだね」





あの頃は、彼女も私も幼かった。純粋で、無知で、自分の先に広がる未来は輝けるものなのだと無邪気にも信じていた。それが実現するなどと淡い夢を見ていた自分はなんと愚かなことか。

「名前様、ご懐妊ですって」

「お相手はファラの血筋を継ぐ傍系だとか」

「挙式ではお二人とも幸せそうだったものね」

ユングヴィ城にも名前の幸せを告げる一報が届き、まるで伝染するかのようにあっという間に城中が幸福な雰囲気で満たされた。ただ一人自分だけが、名前の前途を心から祝福できそうになくて逃げるように城を出た。




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きっと、もう二度と伝えることのない想いを心に秘めたままで。



END


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