海月が泪を流すとき
 
心臓が、どきどきする。まるで今から何か重大なことが起こるような、そんな気がする。多分、それは気のせいじゃない。ギィと再会してから、マシューの様子がおかしい。どこがって言われたら困るけど、いつもと違う。私の知ってるマシューじゃない気がする。

「おれは、あんたを探してたんだよ」

マシューに訊かれて話し始めたギィの声は、小さかったけどよく聞こえる。世界にはまるで私たち
三人しか居ないんじゃないかって思えるぐらい、辺りは静かだった。

「おれだけじゃない。突然居なくなったあんたをみんなが探してた」

これ、私も聞いてていいのかな。話し続けるギィの顔を見つめながら視線を落とした。どうしてだろう。今は、マシューの顔を見られない。聞きたいけど聞きたくない。

「マシュー、」

ねぇ、そんなこと聞いてどうするの。別に今聞かなくてもいいんじゃないの?マシューにそう言いたいのに心とは裏腹に言葉はでない。私の声は聞こえてるはずなのにマシューはこちらを見ようともしない。

「…それで?」

ギィがちらっと私を気遣うように視線を寄こしたけど、マシューに促されるままに口を開いた。ギィが言うには、マシューはレイラを弔ったあとから行方不明になっていたらしい。いつまで経っても戻らないマシューをヘクトルが不審に思って捜索隊を別に組んだとのこと。ギィは捜索隊だったんだろう。他のメンバーたちとマシューを探して、気がついたらいつの間にかこの世界へ来ていて空腹のため倒れた。そこへちょうど飲み会帰りの私が行き当たったのがほんの数時間前の話、というわけだ。
でも、そうすると時間軸が合わない。だって、マシューはもう何日も私と一緒に生活してるのに。実際にマシューたちが居た元の世界では一日も日が経っていないなんて。膝に肘をついてギィの話を黙って聞いていたマシューはまだ何か考えているみたいだった。
ねぇ、行くの?もう帰っちゃうの?これでお別れなの?聞きたくても聞けない言葉が胸の奥でぐるぐると渦巻く。聞いたところで、きっと彼の答えは決まってる。そうだ、多分、ギィの話を聞くと決めた時点で。或いは、もっと前から?

「マシュー…」

「…世話になったな」

他の言葉なんて、何もいらない。ただその一言で彼が帰ってしまうんだと分かった。それが分かったところで、私はどうすることもできない。こんな突然なんて、心の準備もできてないし、頭の中がぐちゃぐちゃだ。ただ、最後に見せるのが泣き顔なんて嫌だったから、全身に力を入れて泣きそうになるのを我慢した。俯いた私とは対照的にマシューが立ち上がり、つられるようにギィも立ったのが分かった。

「…おい、あんたどうすれば戻れるのか知ってるのか」

「多分、な」

「多分って…大丈夫なのかよ!」

ああ、でもきっかけがギィでよかったかもしれない。二人のやりとりを聞いてふとそう思った。相変わらずの突っ込み属性というか、マシューに振り回されてばかりだけど傍で見てる分には和む。バレないように静かに息を吐き出して顔をあげると、見事にマシューと目が合った。
こんなとき、少女漫画のヒロインはなんて言ってるっけ。脳ミソをフル回転させても何も浮かんでこない。普段から考えることをしてないといざって時何も出てこないっていうのは本当らしい。

「……じゃあ、な」

「マシュー!」

黙ったまま少しの間見詰め合って、マシューが哀しそうな目で笑って、ギィの肩に触れた瞬間カメラのフラッシュみたいな眩さに一瞬目を閉じて。恐る恐る目を開けたらやっぱりもう二人はどこにも居なかった。行っちゃった。もうどこにもいない。液晶越しに見ることはできても触れることなんてできるはずもないし、言葉を交わすこともない。こんなことならマシューとの思い出をもっと作っておいたらよかった。ギィとももっと喋りたかったし。

「大体、来るときも突然なら帰るときもあっという間とかどんだけ自分勝手なんだか。人の気も、知らない、でっ…」

もう強がる必要も、我慢する必要もない。それでも声をあげて泣くのは癪だから悪態を吐きながら声を押し殺して泣いた。





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END


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