世界に二人だけの、
「…っ、」

声が聞こえた。
普通の人、所謂人間には聞こえないものが彼には聞こえることがある。それは、彼が人ならざるものだということに他ならない。

「この、声は…?」

いつもなら聞き流すが、今日は違った。どこかで聞いたことがあるその声は、彼の記憶の奥底に秘められたある想いを呼び起こす。と、同時に気がつけば走り出していた。早く、早く。

「……もう、やだ…」

ようやく見つけた彼女は、少し様子がおかしかった。橋の上で川に映った月を見つめているその姿は、彼の知っている元気で明るい彼女とは程遠い。それでも、彼女は彼が待ち続けていた人物に違いないのだ。

「…名前?」

「っ!?」

パッと振り返った彼女の瞳はうっすらと膜が張っていた。瞬間、いつのものなのかよく分からない、いくつもの場面が脳裏を駆け巡る。



『…敦盛?何、どうして泣いてるの』

『バカ。好きだから、心配するの。敦盛のことが好きだから…』

『そっ、か…神子の世界へ……幸せに、ね』

『この手は、もう離さない。何があっても』



「あなたは…?」

「私の名は、平敦盛。名前、あなたを迎えに来た」

「…わたしを?」

訝しげな表情でこちらを見つめる彼女は、自分とは違い前世での記憶を引き継いでいないのだろう。そう考えると、迎えに来たなどということ自体烏滸がましいような気がした。見ず知らずの、人間ですらない自分を彼女が受け入れてくれるだろうか。もちろん、彼女は自分が人外のモノだという認識すらしていないのだろうけれど。

「そんな顔しないで、って…わたしに言われても説得力ないか…」

名前は呟いて自嘲気味に笑ったが、その拍子にほろりと一粒涙が零れた。拭っても拭っても、一向に止まる気配がない。涙とともに彼女の存在までもこの世界から零れてしまいそうな、そんな風に泣く名前。

「…すまない。あなたにはいつも支えてもらっているのに、私は…相変わらずあなたを泣かせてばかりだ」

不甲斐ない自分に腹が立つが、それでも傷付くのが怖くて名前を慰めることもできない。汚してしまったら、人間ではない自分を否定されたら。

「…ねぇ、」

少し落ち着いたのか、両手で顔の半分を隠しながらも名前はこちらをじっと見つめている。

「本当に申し訳ないって思うなら……ちょっとだけ、借りていい?」

何を、とは訊けなかった。口を開くより先に彼女の頭が胸に触れる。咄嗟に離れようとするが、名前に着物の端を掴まれて動けない。
人より低めの体温が一瞬にして上がった。硬直した身体を意識して解き、そっと名前の頭を撫でた。今度こそ、守ってみせる。そう、心に誓って。



END


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