近すぎて気付かない
「何してんだよ?お前らは…」

清々しい朝、この異世界にやって来てから毎日欠かさずに行っている鍛練を終えて将臣が見たものは。


「やぁ将臣!剣の修行は終わった?」

「クッ…毎朝ご苦労なことだな?重盛兄上…」


知盛の腹を枕にし、だらりと寝そべっている名前だった。
自分たちの元いた世界とも、いま居るこの世界とも異なる時空からやってきた名前。彼女は将臣が来る以前から平家に居座っているらしく、同じ居候である将臣の世話を何かにつけてしてくれた。

ぞんざいな物言いとは裏腹に、本当に細かなところまで気配りできる名前に将臣が惹かれるのは、時間の問題でしかなかった。

最初は、はぐれてしまった大事な幼馴染みや弟のことを考える時間が多く、どうすれば元の世界に帰れるのか、そのことばかり頭の中を支配していて。


戦の最中も、年若い兵士と対峙する度に弟たちのことを思い出したりして、危うく命を落としそうになったこともあった。


辛くも逃げおおせたのだが、邸に帰ってから名前にこっぴどく叱られる羽目となった。
その時のことを思い出して、将臣は懐かしむよう目を閉じる。


「バカじゃないの!?もう少しで死ぬところだったんだよ!?人の心配する暇があるんなら少しは自分のことを省みなさいよ!この、バカ臣!」

名前の物凄い勢いにムッと反論しようとして顔を上げた将臣は、そのまま名前から目を逸らせなくなる。口調からして怒っているだろうことは想像できていたのだが。



「悪かった…心配、かけたな。もう、泣くな。名前」

漆黒の大きな瞳からいまにも零れ落ちそうな涙を目にして、戦で負った傷なんかより何倍も胸が傷んだ。


「次にこんな大ケガしたら二度と口きいてやんないからっ」

俯いたままぎゅっと拳を握って泣くまいと堪える名前の頭を、そっと撫でる。
抱き締めて慰めることのできない己の不甲斐なさに、将臣は悔しそうに顔を歪めた。


(せめてこの戦が終わるまでは、)

見ず知らずの自分を助けてくれた平家の為に。
自分のことを心配して涙を流した名前の為に。

そして何よりも、早く戦を終わらせる為に、剣を振るおう。そしてその一歩として、己の剣技を磨こうと強く決心した将臣だったのだが。


「ったく、呑気なやつらだぜ…」


肩肘ついて横になっている知盛と、その腹の上で欠伸を噛み殺している名前。見慣れたツーショットとはいえ、好きな女が他の男と仲良くしているところは、見ていて気持ちのいいものではない。

爽やかな青空の下、すっかり気分を害してしまった将臣は、どこからか聴こえてくる琵琶と横笛の楽しげな調べに耳を傾けた。


「朝っぱらから飽きもせずによくやるな」

そのメロディーの正体は将臣のよく知った兄弟のものだと分かっていたから、思わず苦笑する。新しい楽曲だからなのか、所々詰まる笛の音に苦戦しているであろう姿を思い浮かべて頬が綻んだ。


「何一人で笑ってんの?将臣」

「別に?大したことじゃねぇよ」


いつの間に隣へ来たのか、名前がニヤニヤしながら腰かける。
特に何も考えずに答えてしまってから、自分の口から出てきた言葉の響きが意外と冷たくなっていて将臣はハッとした。

けれども名前はそんなことを気にした風でもなく、ゆっくり話し始める。


「知盛の部屋がね、一番よく見えるんだよね」

名前の口から出た男の名に、また知盛かと胸の辺りがもやもやし始める。この感情が何なのか知っているだけに、また相手が相手なだけに認めたくなくて、名前の話を無視するかのように立ち上がった。

すると横から軽やかな笑い声が聞こえて、何事かと思わず振り返る。

「何がおかしいんだよ?」

些かムッとして問うと、うっすら涙を浮かべて笑いを止めた名前は、今度は綺麗に微笑んで言い放った。


「好きだよ、将臣。この世界の誰よりも。初めて出会ったその日から…いままでも、そしてこれからもずっと、好きだよ」

名前は驚いて固まってしまった将臣から、照れたようにふいっと目を逸らす。


「毎朝一生懸命剣を振るう将臣は、特別カッコイイよ。誰の為にあんな風、一心になれるのか妬けるぐらいに」
「─っ、……いつも、見てたのか…?」

その言葉に更に大きく目を見開いて、将臣はようやく声を絞り出した。恥ずかしさで顔から火が出そうなほど熱い。


「だから、そう言ってんじゃん…」

そう呟くように言った名前の顔も将臣に負けず劣らず赤くなっていて。

「将臣ってば全然気付かないんだもん。そのくせ誰かさんには嫉妬してるみたいだし?」

取り繕うようにブツブツこぼす名前の言葉は、途中から将臣の耳には全く入っていなかった。



「俺も、お前が好きだ、名前。お前を守りたくて、お前の為に強くなりたかった…」

想いが通じ合った嬉しさが、じわりじわりと込み上げる。信じられないと言った表情をしている名前がまた可愛くて、将臣は目の前の愛しい人をぎゅっと抱き締めた。



END


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