例えば負け戦でも、
ごうごうと凄まじい音を立てて滝を下る水。地面にごろりと寝転がって、ただ流れる水音に耳を傾ける。両手を広げて目を瞑れば、水の中を漂っているような不思議な感覚に捕らわれた。


ジャリ、と地を踏みしめる音が聴こえたけれどきっと足音の正体は彼だろうから、私はそのままの体勢でいた。


「一体いつから那智の滝がお前の寝床になったんだい、名前?」

予想通りの声にゆっくり瞼を開く。漆黒の闇に縫い付けられ、きらきらと瞬く星を見つめる。
手を伸ばしても決して届かないその光は、まるで自分の恋愛模様のようだ。それでも手を伸ばしてしまうのは、煌めく星があまりにも綺麗だからに違いない。

もしかしたら、万が一にでも奇跡が起こって事態が好転するかもしれない。可能性はいつだってゼロじゃないと信じたいから、私たちは進み続けるのだ。

ざり、と地面を踏む音が一層近くで響いて漸く視界の隅に彼が映った。近づく彼の手が、天に突き出された私の手に触れそうになったその一瞬。
私は腕に込めていた力を抜いてくたり、顔の側に下ろした。



「望美は将臣が好きらしいよ」



ポツリ、唐突に話し始めた私に彼は怒るわけでもなく隣に腰を下ろした。

「へぇ、直接訊いたのかい?」

「のろけ話をぼんやりと」


他愛のない、会話。
夜空を見上げながら、闇間に埋もれそうな光を見つめる。



「譲はね、望美が好きらしいよ。完全片想いだけどね」


何でもない話をするように呟いた私の言葉に、沈黙が訪れたのは一瞬だけだった。

「…まぁ、見てれば分かるよな」

そう、見ていれば分かるぐらい、譲の望美に対する気持ちは真っ直ぐで揺らがない。
私とは、大違い。


「お前だって、そうだろ」

「なに」

彼の指す言葉の主語が分からなくて、つい顔を向ける。
肘をついてこちらを見ていた彼と視線が交わった。

(…ヒ、ノエ──…)

ゆらりと切なげに揺れる眸を見て、思わず目を逸らしたくなったけれど、できなかった。


「…俺に言わせるつもり?」

「譲のこと?」

質問に質問で返す私に、ヒノエは答えない。沈黙はすなわち肯定を意味する。

ゆっくり視線を空へ向けて軽く呟いた。


「ま、確かに私も一方通行だよね」

両手を天へ翳すとやっぱり目に映る星は小さくて、遠い。
どんなに手を伸ばしても届かない。

「恋って、なんでこんなうまくいかないんだろ…」

突き出していた両腕もしばらくすると疲れるから、頭の上へ下ろす。



「お前の場合、相手が悪いね」

(相手が悪い、か…)
確かにそうかもしれない。けれど好きになってしまったのだから仕方ない。だけどそう反論することはできなかった。


「オレにしとけばいいのに」

軽い言葉とは裏腹に、ヒノエの気持ちが真剣なのは知っていたから何も言えなくなる。

「何て言うかさ、報われない恋だよね、お互いに」

「それ、お前に言われると切ないんだけど」

「あはは、それもそうか」


あえて軽いトーンで切り出せば、ヒノエもそれに応じてくれる。
ヒノエは優しいから、いまの関係を力ずくでどうこうしようとはしない。私にとっても、ヒノエにとってもあやふやで、曖昧なある意味とても居心地のいい空間。

(ああ、でもそれは)

私の独りよがりなのかもしれない。だってヒノエは。


「ごめんね…」

ごめん、それでも私は譲が好きなんだ。



()


この恋を、諦めたくない。
先に戻ると言ったヒノエの潤んだ眸と、震える声には知らない振りをして。







END


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