終わりはすべての始まり
あれから、もうどれほど経っただろうか。望美たちとともにこの世界へ来た名前が元の世界へ戻って、どれほどの月日が流れたのだろう。


名前は、望美のように剣をとり戦った訳ではなかった。

けれど戦から帰ってきたとき、名前はいつもふにゃりと泣きそうな笑顔で迎えてくれた。


『おかえりなさい、九郎さん』


いつも温かく迎え入れてくれる存在。
安らげる場所。

それがいつの間にか当たり前になっていて、俺は気付くことができなかった。


足手まといになるからと、拠点を移動するとき以外滅多に邸の外へ出ようとしなかった名前。
そんな彼女が一度だけ溢した願い。

『私も、九郎さんと一緒に桜見たかったなぁ』

熊野で温泉に行ったとき、名前は望美たちにそんなことを言っていた。
(名誉のために言っておくが、盗み聞きではない。断じて違う)
平家との戦が一段落着いたら連れて行ってやろうと思ったのだが、次の春、桜の開花を待たずに名前たちは帰っていった。

「もうすぐ夏か…」

一日の執務を終えて夜分、何をするでもなく訪れるのは神泉苑だった。花弁はとっくに散ってしまって、すっかり葉桜となった並木道を歩く。



「…九郎、さん」

ふと、呟くように聞こえた声は紛れもなく名前のもので。


「名前?」

声がした方を振り向けば、そこには見間違う筈もない名前の姿があった。

「お前…元の世界に帰ったんじゃなかったのか?」

俺が訊けば、名前はやっぱり泣きそうな笑顔で答える。

「戻ってきちゃった」
「………そうか」

どうして、とかどうやって、とか疑問はあったのだが。

「あの、私っ…」

「いつもと逆だな」


「え?」

言いながらふと考えた。俺はいまどんな顔をしているのだろう。いつも名前がしていたような泣きそうな笑顔になっているのだろうか。

なぜそんな表情になるのか解せなかったが、いま初めて名前の気持ちがわかった気がした。



「おかえり、名前」


やっと会えて嬉しくて。泣きそうになるのを堪えて笑顔をつくる。

「えと、ただいま、戻りました…?」

言い慣れないからだろう。小首を傾げながら言う名前ははにかんだように笑った。


名前が隣にいることが不思議と心地よくて、つられるように俺も笑った。




暗闇の中、急速に上がる体温と早くなる心音には知らない振りをして。



END


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