あの御方は、私たち忍には眩しすぎる。心が真っ直ぐで、純粋で、疑うということを知らない。否、知らない訳ではないだろうに、疑うということを、しない。
私がここへ来たときもそうだった。傷を手当てしてくださり、疑惑の目を向ける周囲からも庇ってくださった。思えば、その時から既に抱いてはならぬ感情を持っていたのかもしれない。
私たち忍が決して抱いてはならない…主に対する恋慕の情を。
だから、長に呼び出された時、告げられる内容には薄々感づいていた。
「名前」
「申し訳、ありません。」
長は、厳しい。真田さまをお守りする為であれば容赦はしない。私は他国へ知られれば脅威となり得る情報を知りすぎている。忍として使えない以上、生かしておく理由は何もない。
忍の世界では、道理だ。仕方のないことだと思う。ああ、けれど最期に一目だけでもお逢いしたかった。
叶うことなら、せめて戦場であなた様を守って果てたかった。叶わない。結局、私の願いは何一つ叶わない。
「…やーめたっ、と」
目を閉じても、一向に訪れない衝撃の代わりに、長のそんな声が聞こえた。恐る恐る顔をあげれば、どこか呆れたような表情の長。
「どう、して…?」
自分の口から出た声は掠れていたけれど、長の耳にはちゃんと届いていたようだ。
「自分の目で確かめれば?ったく、つくづく甘いよなぁ、俺様も」
意味がよく分からない。けれど、長の雰囲気が幾分柔らかいものに変わったから、私は漸く息を吐いた。
そして──…
「名前!」
その声に、息が止まりそうになった。振り向けば、やはり。
「真田さま…?」
赤い甲冑をつけた戦着のまま、真田さまはこちらへ駆けて来られる。走ってきた勢いもそのままに、肩を掴まれ半ば無理やり視線を合わされた。
「名前!無事か!?どこも怪我はしてないな!?」
頭を垂れるべきなのだが、平素では見られない真田さまの狼狽振りにこちらも眉根を寄せた。
「いいえ、何も…どう、されたのです…?」
「良かった…」
すべて応え終わる前に、私は真田さまの腕の中へ囲われていた。
「さ、なだ、さま…?」
熱い抱擁に胸が苦しくなった。けれど、こんなことをされたら駄目だ。無駄なのに、期待してしまう。真田さまも私と同じお気持ちなのでは、と。
「名前。お前は俺の忍だ。勝手に辞めることは、俺が許さない」
「っ、…申し訳、ありません」
ああ、いっそのこと今ならば何の後悔もなく命を手放せるのに。
「旦那ァ、お取り込み中悪いんだけど。こいつはもう忍としては使えない…分かってるんだろ?」
「それでも構わない。俺は、名前が傍にいればそれでいい」
「え…?」
「ま、そーいうことだから。旦那、ちゃんと守ってやれよ」
仕方ない、と所作で示して長は音もなく姿を消した。相変わらず、真田様に囚われたままの私は漸く肩の力を抜いた。
「名前…」
その瞬間を図ったように真田様が抱き締める腕に力を込められる。触れあった体温の心地よさに浸りながら私も負けないよう真田様の背に腕を回した。
END