「松永さん松永さん、ドライブに行きましょうよ。わたしが運転するんで」
「生憎、私はまだ死にたくないのでね」
「珍しい茶器があるって聞いたんですけどねー」
「……では私が運転するとしよう」
まったく現金なお方である。珍しい茶器、という言葉に釣られてホイホイ車を出してしまうとは。
「何か言いたそうだが?」
「いえいえ別に何でもないです」
この素敵なおじ様はたまに人の心を読むからいけない。
高級なハイブリッドカーの助手席に身を埋めながらちょい、と松永さんの横顔を覗き見る。
一体いくつなんだろう、この人。結構な年齢の筈なのに加齢臭とか全然しない。むしろ、何かいい香りがする。
「松永さん、もしかしてまたオリジナルのタバコ吸ってました?」
「煙草ではない。葉巻だ」
「どっちでもいいですけど…毒ですよー、あんまり吸ってたら」
「それもまた一興」
言いながらクツリと笑う。このおじ様、どういう経路だか知らないけれどオリジナルの葉巻なんて持っているらしい。(以前どこの銘柄ですかと聞いたらオリジナルだと言われた)
かなり犯罪臭いのは何故だろう。まぁ松永さんのことなら捕まるようなヘマはしないだろうけど。
「時に名前」
「なんです?」
「君が茶器に興味があったとは初耳だが」
問われて「あぁ、」と視線を車外に移す。過ぎ去っていく景色を目で追いながらわたしは答えた。
「別に興味ないですよ。松永さんとドライブに行くための口実ですし」
「……随分長い間車を走らせた訳だが…このまま先へ進んでも目当ての茶器などないということかね?」
「そういうことになりますねー」
「…………」
わたしの爆弾発言によほど呆れたのか、松永さんはもう何も言わなかった。
騙す方も悪いけど、騙される松永さんも悪いのだ、きっと。
「ここから歩いて帰りたいのかね?」
「いやまさか。あ、それよりこの先においしい料亭があるんですよ。知ってました?」
「…いいや」
「もうすぐお昼ですし、食べて行きましょうよ」
かなり強引な気はするのだけど、松永さん相手に粛々とやっても相手にしてもらえない。
「君の強かさには敬服するよ、いやまったく」
「お誉めに預かり、光栄にございます、なんちゃって」
松永さんの言葉はあからさまに嫌味だったけれど、そんなものは気にしない。何だかんだで松永さんも実際それほど嫌じゃない筈だ。たぶん…
「あの建物かね?」
「あーっそうですそうです!」
だっていつもより優しい目をしてるんだもの。
たまに、ならそれも悪くない
この後、しっかり昼食を松永に奢らせた名前は至極満足そうに帰路へ着いた。
そして。
「振り回されるのも、また一興、か」
名前の後ろ姿を見送りながらそんな風呟いた松永は、珍しく柔らかに微笑んでいた。
END