「ねぇ」
「は、はい。何でしょうマイドライバー」
バッテリー上がりの処置から数分後。どこへ行くともなしにハンドルを握りわたしを走らせていた半兵衛様が口を開く。
「もう大丈夫なのかい」
「えっと、はい…多分大丈夫かと」
「やけに自信がないね。自分のことだろう?」
半兵衛様の声はなぜかいつもより冷たく響いた。バッテリー上がり、そんなに悪いことなのだろうか。わたしは半兵衛様のもとに来てもう5年は経つが、今までこんなことは初めてだ。だから正直、どう対応すればいいのか分からない。
わたしが造られた当初、基本的知識として叩き込まれたのかもしれないがそんなものは月日とともに忘れてしまう。覚えているのはただひとつ。
『調子悪くなったらいつでも俺ンとこ来い!この長曽我部元親様が直してやらァ!』
そうだ。人が病気になると医者にかかるようにわたしたちクルマも不調時には整備士に見てもらえと。そう言われていたのだ。
「あの、マイドライバー?」
「うん?」
「一度整備士に見てもらった方がいいかもしれません。パーツの接続不良なのかバッテリー自体の寿命なのか、わたしには判断がつきません」
「この近くだと、徳川モータースか…評判は悪くないらしいけど、面倒だな」
ですよね。わたしの提案に対し溜め息付きで分かりきっていた感想をありがとうございます半兵衛様。でもどこか、今日の半兵衛様からは疲労の色が窺える。冷たく聞こえたのもきっとそのせいだ。
「今日はもう、お帰りになられますか」
「そうだね。朝から少し慌てたし今日は自宅でのんびりしたい気分だよ」
「了解です、マイドライバー」
帰る、と判断されてからは早い。適当なところでUターンしていつもより少し強めにアクセルが踏まれた。
進行方向は彼方
(我が家へ帰りましょうか)
半兵衛様の自宅、次いでわたしの収まる車庫が見えてきた。
「あぁ、そういえば名前くん」
「名前…?」
覚えのない名前に記憶を辿るが、やはり覚えのないものはない。
「君の名前だよ。いつまでも名無しでは不便でね」
「えっ、えぇっ!?いいんですか半兵衛様!?…あっ、」
半兵衛様がわたしに名前をつけてくださった。その事実が嬉しくてつい半兵衛様の名を呼んでしまった。今まで気を付けていたのにとんだ失態だ。
「ふぅん?」
「あ、すみません!あの、忘れてください以後気を付けますマイドライバー…」
「別に咎めているわけじゃないさ」
そう言いながらも優雅に降り、いつものようにロックの音が響く。ただ、いつもと違った動作がひとつ。
「おやすみ、マイカー。明日もよろしく頼むよ」
そう告げて労るようにボディを撫でられた。さて、わたしは一体明日どんな風に半兵衛様をお迎えすればいいのか。とりあえず今夜はその一点のみ考える必要がありそうだ。
END