わたしはクルマ。名前はまだない。え、車種?そんなのはクルマの種類を差すものであって名前ではない。断じて。
愛されている…というより、ドライバーに必要とされているクルマには名前がつけられている、気がする。ギョウブしかり、ユキムラしかり。
わたしには名前がない。でも、名前をつけてください、などとクルマ自らドライバーに申し上げるなんてできるはずもない。マイドライバー、半兵衛様のような場合は特に、だ。
「さぁ、今日もしっかり走りたまえ。事故など起こそうものなら…分かっているね?」
「了解です、マイドライバー」
運転するのはあなたでしょう、なんて言おうものならわたしは恐らく即廃車だろう。わたしたちの間にあるのは運転手と愛車、というよりは主人と下僕、という表現の方が正しい気がするのだ。
アイドリング!
(いつでも出発OKです、あなたのためなら)
「今日もお仕事ですか」
少し大きめのボリュームで流れ出したのは軽快なテンポの明るいクラシックだ。もう何年も前に発売されたわたしは相当な年期が入っている。今どきこんなうるさいエンジン音をさせるクルマはそうそうないんじゃないかと思うぐらい。
「そうだよ。今日は定時を少し過ぎる程度で帰れる見込みだから、そのつもりで」
「はい、マイドライバー」
いつもと同じような業務連絡をしつつ、半兵衛様の職場の駐車場まで走る。朝夕はかなり冷え込むので、正直なところタイヤをスタッドレスに替えてほしい。チェーンを巻いてもいいが、半兵衛様の性格上そんな面倒なことはしなさそうだし、はっきりいって煩わしい。いや、チェーンをつけたことがないので実際はどうなのか分からないが。
「…今日も三成くんは早いな」
「そうですね」
ぽつり、と溢された独り言に返事をして駐車場に既に居座っているクルマを見つめる。ギョウブだ。シルバーのボディにタイヤの黒、ポイントで紅が入っている。いつみてもスマートでカッコイイクルマだ。ドライバーである三成さんもシャープなイケメンで、とても似合っている。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ、マイドライバー」
トンっと一斉にドアにロックがかかり、静寂が訪れる。去っていく半兵衛様の背中が見えなくなるまで見送り、そっと溜め息を吐く。いつまで経っても慣れないのだ。この、置いていかれたような感覚に。
END