晩餐は何処
びゅう、と一瞬強い風が吹く。今夜は肌寒くなりそうだ、と辺りを窺いため息をつく。別段、自分が寒いと感じるわけではないのだが、この時節に吹き荒ぶ風。窓を開け放して夜風を楽しむなんて物好きな人間はいないだろう。戸締まりをされているだけならまだいい。問題は鍵だ。施錠されていると室内に忍び込むのが面倒だし、苦労して解錠したとして、無人だったときの徒労感といったら。
まぁ、そんな無駄骨をふまないためにも多少の下調べはしてある。眼下の屋敷には住人がいるし、換気のためなのか何なのか、特定の時間になると窓を開け放ち、そしてまたある程度の時間を置いてから窓を閉める。こちらとしてはその時間帯を狙えば容易く侵入できる好物件。
しかも、だ。屋敷に住まうのは若くて美しい青年だという。これ以上ない条件を前に、指をくわえて眺めている吸血鬼などいるはずがない。


**


ふわり、とバルコニーの縁に降り立つ。左手を翳せばざわりと一瞬闇が蠢き風が鳴く。ガシャリ、派手な音を立てて窓が抉じ開けられた。はためくカーテンの隙間から覗いた翡翠に、不謹慎にも宝石のようで美しいと思わず見とれた。が、それも一瞬。彼女は颯爽と室内へと向かう。

「貴様、何者だ」

怯えもせず、驚きもせず。彼の翡翠が映しているのは警戒だ。自分の姿を見てここまで冷静な人間も珍しいなと彼女の唇の端が上がる。

「わたしは吸血鬼。あなたの血を貰いに来た」

「なに…?」

整った眉目が僅かに歪められる。俄に信じがたい、そう物語っている彼に構わず彼女は真っ直ぐ歩み寄る。夜の闇を塗り潰したような瞳が一瞬、深紅に瞬く。

「っ!?」

身体の自由が効かない、その原因が彼女だと気付いた時にはもう遅い。肩を押さえられた勢いで後ろにあったベッドに沈み、為すすべもなく彼女の影に覆われる。

「戴きマス」

耳元で囁かれた声の甘さに動揺するも、そのあとすぐ訪れた首筋への痛みに思考が囚われた。吸血される際に訪れる快楽は、噛まれた痛みなどすぐに忘れさせてくれる…そう、誰かが言っていた言葉が彼の脳裏を掠めた、が。

「…っ、まっず!」

快楽の奔流を待たずして彼女の身体が離れた。と同時に彼を縛る呪いも解ける。

「ちょ、なにコレ不味いってか薄い!あなたちゃんとご飯食べてるの!?」

「貴様に非難される謂われなどない!」

思わず口元を拭いながら彼女は顔をしかめた。美形で若者ではあるが、目の前の男、貧血を疑うような独特の顔色をしている。射抜くような翡翠に意識をとられて気づかなかったが、これは事前に把握していなかった彼女の失態だ。

「うっさいわ!肉食え肉!」

世にも情けない捨て台詞を吐きながら彼女は闇夜に飛び去った。今日の晩ごはんはトマトジュースとレバ刺しだチクショウ、なんて思いながら。




END


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